ベラルーシ大統領選の対立候補、国外脱出 拘束中のビデオも

東欧ベラルーシで9日に投開票された大統領選で、現職のアレクサンドル・ルカシェンコ大統領(65)が得票率8割以上で6期目当選を決めたとされたことを受け、不正選挙だと反発していた対立候補のスヴェトラーナ・チハノフスカヤ氏(37)は11日、隣国リトアニアに脱出した。「非常に厳しい決断」をしたと説明するビデオがユーチューブに投稿された後には、選挙結果を受け入れるよう国民に呼びかける、拘束中の10日に撮影されたとみられる動画も浮上した。
選挙結果に抗議する市民と政府当局の衝突が激化し、市民が1人死亡するなか、10日夜からチハノフスカヤ氏の所在がしばし分からなくなり、安否が懸念されていた。その後リトアニアの外相が、チハノフスカヤ氏が無事にリトアニアにいるとツイートしていた。
リトアニアへ脱出する前に録画しユーチューブに投稿したとみられるビデオでチハノフスカヤ氏は、自分が自分の力を過信していたと気持ちを込めて話した。
「この選挙戦で本当に強くなり、たくましくなり、おかげでどんなことがあっても立ち向かえると思っていたが、実は私は今も前と同じ弱い女なんだと思う」と、チハノフスカヤ氏は述べた。
自分のこの決定を大勢が「非難し」、自分を「憎む」だろうとした上で、国を離れるという決断は「完全に自分ひとりで」したもので、誰の影響を受けたわけでもないと説明した。
「今の状況のために投げ出して良い命など、ひとつもない」、「私たちにとって一番大事なのは子供たちだ」とも述べた。
チハノフスカヤ氏は選挙に先立ち、すでに子供たちをリトアニアに避難させていた。
最初のビデオの公開に先立ち、リトアニアのリナス・リンケビチュウス外相は、「スヴェトラーナ・チハノフスカヤは無事だ。リトアニアにいる」とツイートしていた。

チハノフスカヤ氏が所在不明になり、懸念が高まった際、選対委員会は居場所を明示せずに、「無事だ」と説明していた。
リトアニアへの出国と最初のビデオが明らかになった後、ベラルーシで拘束中の10日に撮られたものとみられる動画が公表された。米ニュースサイト「バズフィード」の記者は、このビデオでチハノスフカヤ氏は「原稿を読みながら、ベラルーシ国民にルカシェンコの『勝利』を受け入れ、抗議をやめるよう呼びかけている。きのう選管で外部と連絡できない状態に置かれていたのは分かっている。これはその時のものらしい」とツイートした。

この2本目の動画が公表される前、リトアニアのリンケビチュウス外相はBBCに対して、チハノフスカヤ氏がベラルーシ国内で7時間にわたり拘束されていたと話していた。
「選挙管理委員会を訪れ、不服の申し立てをして(中略)そのままそこに残ったようだ」、「自ら望んで友好的に選管を訪れたなど、話がうますぎる。彼女は拘束されたのだ」
「国を出るというのが、唯一の合理的な選択肢だったそうだ」
チハノフスカヤ氏の知人によると、7日夜に逮捕されたマリア・モロズ選対委員長の釈放と交換に国外に出ることに応じたチハノフスカヤ氏は、当局に同行されてリトアニアに入ったという。リンケビチュウス外相は、モロズ氏とチハノフスカヤ氏が一緒に国外に出たことを確認した。

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11日夜には首都ミンスクで取材していたBBC記者3人が、記章のない黒服の当局者に攻撃されたと話した。所属不明の当局者2人がBBCのカメラマンを殴る蹴るして機材を壊そうとしたという。記者たちは拘束されなかった。
得票率80%と10%
1994年の就任以来、実権を握ってきたルカシェンコ氏は、チハノフスカヤ氏のことを外国に操られている「哀れな少女」と呼び、その支持者たちを臆病者と非難していた。
中央選管によると、ルカシェンコ氏の得票率は80.23%、チハノフスカヤ氏の得票率は9.9%。チハノフスカヤ氏はこの結果が「現実にマッチしない」と反発し、「数々の不正」に挑戦すると約束していた。

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これに対してルカシェンコ大統領は、抗議デモを厳しく取り締まり、国がばらばらに引き裂かれるのを決して認めないと強硬姿勢を示していた。
政治経験のないチハノフスカヤ氏は、今年5月に政権に批判的だったブロガーの夫が出馬を禁じられ、収監された後に出馬を決めた。

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<解説> リーダーというより変化のシンボル――サラ・レインスフォードBBCモスクワ特派員
チハノフスカヤ氏は選挙結果について正式に不服を申し立てた後、行方が分からなくなった。「決めた」と口にしたと伝えられていたが、その居場所は何時間も確認できなかった。
それが今では、隣国リトアニアの外相が、彼女はリトアニアにいて無事だと発表した。どういう経緯なのかはまだ明らかになっていない。
10日にはベラルーシ国家保安委員会が、対立候補の暗殺計画を未然に阻止したと主張していた。チハノフスカヤ氏を、反政府勢力のために「身代わりの子羊」として犠牲にする計画があったという話だった。
首都ミンスクで開かれた記者会見で、チハノフスカヤ氏は緊張していて、やや不安そうな様子だった。同じ日にはBBCに対して、身の危険を感じていると認めていた。
それでも、彼女が国外に逃れたからといって、ベラルーシ各地を2夜連続で激しく揺るがした異例の大規模デモは収まりはしないだろう。
反政府勢力が機動隊と衝突しているデモは、チハノフスカヤ氏の選対がまとめたわけではなく、ソーシャルメディアで組織化されたものだ。本人も参加はしていない。彼女は、活動家の夫が逮捕された後を受けて、出馬しただけだ。有権者にとってスヴェトラーナ・チハノフスカヤは最初から、リーダーというより変化のシンボル、変化への道筋だった。










