新型コロナウイルス「研究所流出説」は排除すべきではない 中国の元トップ科学者が主張
ジョン・サドワース、サイモン・メイビン、BBCニュース

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新型コロナウイルスについて、研究施設から流出した可能性を排除すべきではないと、中国の元トップ科学者がBBCに語った。
世界的なウイルス・免疫学者で、中国疾病予防コントロールセンター(CDC)の最高責任者だった高福教授が、BBCラジオ4のポッドキャストのインタビューに応じた。
中国の新型ウイルスの感染流行への対応と、起源の調査で重要な役割を果たした高教授は、昨年CDCを退職。現在は中国国家自然科学基金の副会長を務めている。
新型ウイルスの感染症をめぐっては、武漢の研究所が起源との説がある。中国政府はそうした見方を否定している。
しかし高教授は、「いつでもどんなことでも疑いはある。それが科学だ。何も排除すべきではない」と話した。
研究所の調査を初めて認める
高教授によると、武漢ウイルス研究所に対して何らかの正式調査が行われたという。このことからは、中国政府が公式発表以上に流出説を深刻に受け止めている可能性がうかがえる。
高教授は「政府が何かを計画した」と説明。ただ、CDCは関与しなかったと述べた。政府の別の部署が調査を担当したのかとの問いには、「そうだ。研究所は専門家たちが2度調べた」と答えた。
武漢ウイルス研究所で公式調査が実施されたと関係者が認めたのは、これが初めて。高教授は結果を見ていないが、研究所は問題なしとされたと「聞いた」と述べた。
「決められた手順すべてに従っているというのが結論だろう。不正は見つからなかった」

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シンガポールのデューク・シンガポール国立大学医学部で感染症を研究している王林発教授は、新型ウイルスの流行が始まった2020年1月、武漢ウイルス研究所を訪れた。同教授はこの研究所の名誉教授でもある。
王教授によると、研究所の同僚だった石正麗教授は、自身の研究室に知らないサンプルがあり、そこからウイルスが何かに移って外に出た可能性を心配していた。しかし、サンプルを確認したところ、そうした痕跡は見当たず、石教授は懸念を打ち消すことができたという。
2人は長年の友人で、ともにコウモリのコロナウイルスの世界的な専門家として、「バットマン」と「バットウーマン」のあだ名で知られている。
王教授は、石教授と研究チームの全員が、夕食に出かけたりカラオケの予定を組んだり、普段どおりに行動していたとし、流出の証拠を隠していた可能性は「ゼロ」だとBBCに話した。
機密解除されたアメリカ当局の情報によると、武漢ウイルス研究所の複数の研究者が2019年秋、「(新型ウイルス感染症の)COVID-19と一般的な季節病の両方と合致する」症状で体調を崩したとされる。
王教授が2020年1月、石教授に抗体の検査をするよう勧めたところ、チームの全員が検査を受け、陰性だったという。
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新型ウイルスは、コウモリから人間へとうつったのは、ほぼ間違いないとされている。だが、感染経路については議論が割れている。
王教授は、武漢の華南海鮮卸売市場で人間が感染したと考える科学者らの1人だ。
中国は透明性に著しく欠ける国だ。それでも、それらの科学者たちは現在、初期の症例データや市場の環境サンプリングなどから、研究施設からの流出は否定できるとしている。
いったん研究所説を否定した研究者も
2020年3月にウイルス学などの著名研究者らによって発表された論文も、「研究施設を基本としたシナリオはどのようなものであれ、真実性が高いとは考えていない」と結論づけた。
この論文はマスコミによって広がり、武漢ウイルス研究所からの流出説を陰謀論とする見方を強めることになった。
だが、著者の一人で米コロンビア大学で疫学を教えているイアン・リプキン教授は、研究所での流出を強く否定し過ぎたと考えている。
リプキン教授は、新型ウイルスは市場から広がったというのが最も妥当な説明だと今も思っているという。しかし、研究所や実験室から流出したというシナリオを完全に排除できるわけではないと話す。
そして、華南海鮮市場から数百メートルのところに、武漢の疾病予防コントロールセンターが運営する別の研究施設があると指摘したうえで、独自の説を披露した。


中国の報道によると、この研究施設は野生のコウモリの血液やふんのサンプルを何千と採取していた。研究は適切な保護具を着用せずに行われることもあり、感染リスクは明らかだったという。
リプキン教授は、「そこで働く人々が、洞窟でコウモリを採集している間に感染した可能性がある」と主張。2020年3月の論文を共同執筆したときには、この研究施設やその仕事について知らなかったとした。
そして、新型ウイルスは「市場の外から来て、市場の中で増幅された」可能性があるとした。
政府見解と高教授の発言の共通点
武漢ウイルス研究所からの流出を排除しない高教授のコメントは、表面的には、中国の公式見解と大きく食い違っているようにみえる。それは危険ですらある。
在英中国大使館は、「いわゆる『研究所流出説』は、反中国勢力が作り出したうそだ。政治的な動機に基づいており、科学的な根拠はない」とする声明を出している。
だが、見方を変えれば、意外と共通点があるのかもしれない。
中国政府は、新型ウイルスが冷凍食品の包装に付着して国内に持ち込まれた可能性があるという、奇妙かつ根拠のない第三の説を打ち出している。研究所と市場の両方を、流行の起源から排除するものだ。
一方、高教授の今回の発言は、同様の立場をより科学的にしたものとみることができる。なぜなら、研究所と市場のどちらも排除していないからだ。
つまりどちらも、証拠がないという考えに基づいているといえる。
「新型ウイルスがどこから来たのか、本当に分からない。(中略)疑問は残ったままだ」。高教授はそうBBCに話した。
科学者たちは、この疑問が本当に未解決なのかどうか、時には激しく、論争している。
しかし、少なくとも中国の外では、大方の人々が合意していることが1つある。それは、証拠の収集と共有において中国は十分なことをしていない――という見解だ。
新型ウイルスはどこから来たのかという問いは、シンプルに思えるが、決してそうではない。
失われた命、苦しんだ人々、そして今も苦しみ続けている人々のためにも、その答えは重要だ。








