【ルポ】 地震と火災に見舞われた輪島市、救助活動続く 能登半島地震
ジーン・マケンジー、BBC特派員
漁師町として知られる石川県輪島市は焼失し、倒壊した。
中心部の朝市通りの焼け跡からはまだ煙が上っている。まるでたったいま爆発が起きて、サッカー場ほどの広さを一掃してしまったかのようだ。
火の手は、1日に起きたマグニチュード(M)7.6の地震の後に上がった。急速に燃え広がり、木造の店舗や周囲の家屋を焼いた。灰の中に、ねじ曲がったトタンの破片が落ちている。消防隊はなお煙が上るがれきを掘り起こし、火が残っていないか確かめている。
街全体を見渡すと、伝統的な木造住宅が地面に倒れ、粉々になっている。こうした家屋は、日本の絶え間ない地震に耐えられるようには造られていなかった。
過去12年で最も大きな今回の地震の震央にこれだけ近づくまで、私たちには2日かかった。深刻に寸断された道に行きあたり、戻るのを何度繰り返したか分からない。
救援活動も、こうした事態で遅れている。災害救助犬を伴った救助隊が輪島市に到着したのは、私たちのわずか数時間前だった。
救助隊は午後いっぱいをかけて、倒壊した住宅を一軒ずつ捜索した。それぞれに人がいるのかも、いたとして生きているのかも分からない状態でだ。情報不足が、救助隊の捜索を遅らせている。
1人の女性が、救助隊を見て走ってきた。夫の親族が家屋の一つに閉じ込められていると、この女性は話した。95歳のおばと、その姪(めい)と娘だという。
この女性は、地震が発生してからこの3人と連絡が取れず、ほとんどの避難所でも見つからなかったのだと話した。だが女性の示した家は損傷が激しく、災害救助犬は奥まで入れなかった。救助隊は次の家に移らなければならなかった。
「少なくとも遺体は見つからなかったので、希望はあります」と、この女性は話した。別の住民がやってきて、次は自分の家を捜索してくれと救助隊に頼み込んでいた。

画像提供, Jiro Akiba/BBC
輪島市は今、ゴーストタウンのようになっている。住民のほとんどが大津波警報に従って避難した。そして今では、自宅が戻れないほど危険な状態まで壊れてしまったからだ。
人影がないなか、唯一音を鳴らしているのは、地震で押しつぶされて作動した車や家の警報機ばかりだ。ある通りの端では、生き残った自動販売機が不気味なほど明るい音を繰り返し流していた。
石川県の発表では、4日午前10時までに、県内で計78人の死亡が確認された。
現時点で最も犠牲者が多いのが輪島市で、44人が確認されているが、今後も増えると予想されている。寸断された道路や土砂崩れにより、市内の一部地域はなおアクセスできない状態だ。
能登半島の他の地域も、孤立状態にある。さらに北の珠洲市は陸路では到達できず、被害の規模が明らかになっていない。
同市の泉谷満寿裕市長によると、市内は立っている家がほとんどない状態で、90%以上が全壊状態にあるという。また、地震発生から1分後に小規模の津波に襲われたと述べた。
食料や支援物資は船で送られているが、市当局者は家屋を一軒ずつ訪ねて生存者を確認しなければならない状態だという。
石川県では4日時点で、3万4000人以上が避難している。また、水道や電気、インターネットの接続が失われている地域もある。
輪島市の避難所に身を寄せている女性の一人は、避難所にも十分な食料や水がなく、唯一開いている店舗には長い行列ができているのだと話した。
岸田文雄首相は4日、被災地で活動する自衛隊員を4600人規模に増強すると発表した。一方で、道路の寸断によって救援活動が滞っていると認めた。
日本は世界でも有数の地震国で、能登半島周辺では2020年末から地震活動が活発化している。能登半島では過去3年間に500回以上の中小地震が起きている。このため、この地域には、大地震を予想していなかった人たちもいた。
82歳の男性はBBCの取材に対し、「地震はたくさんあるけれど、こんなにひどくなるとは思っていなかった」と話した。
最近妻を亡くしたというこの男性は、家の修理費をどうやって支払えばいいか分からないと不安を口にした。
余震も心配事の一つだ。気象庁によると、M7.6で震度7の地震が起きた1日午後4時10分から3日正午までの間に能登地方を中心に観測された地震は499回に上る。
地面が揺れる直前に携帯電話から警報音が鳴り響き、人々は家を出たり入ったりする羽目になる。寒さと雨をしのぐため、屋内に引きこもる人もいる。

画像提供, EPA
しかし、過去の震災、特に2011年3月の東日本大震災の記憶が、人々のトラウマを刺激している。東日本大震災では直後に大津波が発生し、2万人近くが亡くなったほか、福島第一原発事故の引き金となった。
それ以来、日本はさらに地震と津波に耐えられるようになった。それは人々も同じだ。家屋や道路、原子力発電所はより安全になり、住民はより警戒し、対応に備えるようになった。
それでも、こうした大きな地震は今なお、この国の意表を突き、そして壊滅的な破壊をもたらすのだと、1日の地震は厳然と突き付けた。
ここ能登半島では、「大地震」は起きないだろうという人々の希望が打ち砕かれてしまった。
地球の巨大な力の前に自分たちはなすすべがないのだと、輪島市の人たちはあらためて知ることになった。自分たちは不運なことに、環太平洋火山帯の上に住んでいるのだと。








