ウクライナが奪還した地域、解放に住民は衝撃と喜び
オーラ・ゲリン国際担当編集委員、BBCニュース(クリヴィー・リフ、ウクライナ)

解放の瞬間を思い出して、ナタリアさん(50)の顔は輝いた。ウクライナ南部ヘルソンのノウォウォズネセンスキ村から、憎い占領者が出ていった瞬間のことだ。
ナタリアさんは村にロシア兵がやって来た3月29日まで、農業を営みながら静かに、穏やかに暮らしていた。ロシア兵は、壊さなかったものは何もかも盗んでいったという。フォークやスプーン、果ては年金受給者が履いていた靴まで。
「ろくでもない連中だった」。トラウマを追体験しているかのように手をもみながら、ナタリアさんは話した。
自由はついに、9月2日にようやく訪れた。
「ウクライナ軍が到着した時、私たちは地下室にいた」
「ウクライナ語で『誰か生きてるか?』と聞かれて、自分たちの軍だと分かった。ファシスト(ナタリアさんはロシア人をそう呼んだ)に比べると本当に格好良くて、美しかった」
「抱きしめるべきか、手を握るべきなのかも分からなかった。手で触ってみて、とても嬉しかった」

数カ月間の戦況膠着(こうちゃく)を経て、ウクライナとロシアはいま新しい現実に直面している。ヨーロッパで起きた紛争としては第2次世界大戦以降で最大規模のこの戦争が、いきなり動き始めたからだ。
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ウクライナ軍が前進し、ロシア軍は急きょ、東部の戦略的要衝ハルキウなどから撤退を余儀なくされた。重要な補給拠点だったクプヤンシクと、攻撃の起点だったイジュームを失った。
ウクライナのアンドリイ・イエルマク大統領府長官はツイッターで、「ロシア軍は世界最速の軍隊として有名になろうと急いでいる」、「そのまま逃げ続けろ」と書いた。
ソーシャルメディアには、ロシアが放棄し破壊した拠点の映像と、ウクライナ軍が解放された地域に国旗を掲げる様子があふれかえった。
その反撃の速度と範囲に、占領者だけでなく多くのウクライナ人が驚いた。私のウクライナ人の同僚は「ショックを受けた、いい意味で」と話した。
「元気になるため、大きな勝利が必要だった」と、この同僚は語った。
「それに、ハルキウではドミノ効果が表れているようだ。それでもロシアにはまだ兵器も部隊もあるし、多くの地域を支配している。ウクライナの人々は今なお、隣国がどういう国か理解している。けれども、前ほどは怖がっていないし、前より自信がついた」

画像提供, BBC Sport

夏にかけて東部ドンバス地方で過酷な敗北を喫したウクライナにとって、この反攻は大きな刺激になった。
私たちが6月にドンバスで取材をしていた頃、ウクライナ軍がこれほど強力な反撃に出られると思える兆しはなかった。取材したITエンジニアのミハイロさんは、「これは軍事的な奇跡だ」と話した。
この「奇跡」は、多連装長距離ロケットシステムなど、諸外国が提供した大量の兵器と、外国政府が諜報活動で得た機密情報の賜物だ。
加えてウクライナは、南部ヘルソン州で反撃に出るという情報をあえて流し、またしてもロシアを出し抜いたようだ。
ロシア政府はこの「情報」に食いつき、一部の部隊をヘルソンに送った。そのせいで、ハルキウの自軍部隊を危険にさらしてしまったようだ。
一方で西側の軍事専門家らは、今回の反攻によってウクライナが戦場でもロシアを敗れることが明らかになったと指摘する。
英王立防衛安全保障研究所(RUSI)元所長のマイケル・クラーク教授は、「我々は、ロシア軍が劣勢なだけでなく、敗れるのを目撃している」と話し、これが「初期の転換点」になるとの見方を示した。
ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は奪還した土地について、8日夜には1000平方キロメートル、10日夜には2000平方キロメートルになったと発表していた。
さらにウクライナ軍は11日朝、この面積は実に3000平方キロメートルだと述べた。
現時点では、BBCを含む報道陣は前線での取材を認められていないため、ウクライナ側の説明が全て正しいのか検証できていない。しかしロシア側も、自軍が「再編成」のためイジュームとクプヤンシクから撤退したと発表している。

画像提供, Getty Images
それでもロシア軍はまだ、ウクライナの約5分の1を制圧している。これには、南部ヘルソン州の州都ヘルソンも含まれている。ヘルソンは、2014年にロシアが併合したクリミア半島のすぐ北に位置し、今回の侵攻でも真っ先にロシアの手に落ちた場所だ。
我々はヘルソンに今も住んでいるいう女性と連絡を取ることができた。女性の身の安全のため匿名にするが、この女性によると、最近のロシア兵たちはなるべく目立たないように、まるで息をひそめるようにしている。
「ここ2~3日で、ロシア軍は少し静かになったようだ」とこの女性は話した。
「カフェやレストランで見かける姿が減った。市街戦が始まれば非常に危険だと思うけれども、そうなったら数日でも数週間でも地下室にいるつもりだ。ウクライナ軍をここで待って、感謝したい。勝利が見たい」
ヘルソン市内でロシアへの抵抗を続ける活動家たちも、勝利を待ち望んでいる。この人たちはロシア軍の位置など情報を収集し、ウクライナ軍へ伝達している。
ある匿名の活動家は、自分たちは狙われていると話した。
「ロシア側は、写真の撮影場所を探し出している」
「撮影に適した場所の近いアパートが、一斉に捜索された。先週には2回、通りから人がいきなり連行された」
それでも、前線からの知らせは希望をくれると、この活動家は述べた。
「ハルキウでの前進にみんながとても勇気づけられている。次は自分たちの番だと望んでいる」
ヘルソンでの戦いはいずれ、重要な決戦になるだろう。だがこれまでの前進はウクライナにカタルシスを、そして支援する西側諸国にも安心をもたらした。ロシアから奪還した地域を維持できれば、紛争の流れが変わるきっかけになるかもしれない。
一方で、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領がギブアップするとは誰も考えていない。ウクライナについて、プーチン大統領は(偏執的とさえ言えるほどの)長期戦の構えでいるからだ。
それでも、ロシアの前線はところどころで完全に崩壊し、部隊は逃げ出した。それはただの敗北ではない。屈辱だ。









