ジェレミー・ハント氏の経歴は 英保守党党首選

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イギリスのジェレミー・ハント外相は保守党党首選の議員投票で第2位となり、ボリス・ジョンソン前外相と決選投票となった。次期党首は自動的にイギリスの首相となる。決選投票の結果は、22日に発表の予定。
ハント氏は文化相として2012年のロンドン・オリンピック(五輪)を主導したほか、イギリス史上最も在任期間の長い保健相でもあった。
日本で教師経験も
中央政界入りする前、ハント氏は日本で英語教師を務めていたことがある。起業家でもあった。
2005年に保守党のヴァージニア・ボトムリー議員を引き継ぐ形でイングランド南部のサウス・ウェスト・サリーから出馬し、初当選した。
それから2年は、最大野党だった保守党内で影の障害者担当相を務めた。これは、デイヴィッド・キャメロン氏を党首選で支持したことの見返りだった。ハント氏とキャメロン氏は、同時期にオックスフォード大学に在籍していた。
2007年の内閣改造で、影の文化相へと格上げされた。
しかし、2009年には下院議員の多くが巻き込まれた議員経費スキャンダルで、経費規則を破っていたことが判明。9500ポンド(約130万円)の支払いを命じられた。別宅として持っていた選挙区内の不動産に、側近を家賃ただで住まわせていたことが明らかになった。
ハント氏はこの不動産に対し1万9117ポンドの補助金を請求していたが、後にこの状況から金銭的利益を得ていないという判断が下った。
文化相(2010~2012年)
2010年に保守党と自由民主党が連立して政権を取ると、ハント氏は文化・五輪・メディア・スポーツ相として入閣した。
○ロンドン五輪
ハント氏にとって2012年のロンドン五輪は文化相としての主要事業で、当時ロンドン市長だったジョンソン氏と緊密に協力した。
特に五輪期間中の観光業の重要性について訴え、開閉会式などのセレモニーにかける予算を当初の4000万ポンドから8100万ポンドに倍増させた。
ロンドン五輪の開会式は、大成功したと広く認められている。
他にもハント氏は、五輪後にも残る遺産作りを強調し、振興団体スポーツ・イングランドに10億ドルを投じてスポーツ活性化を推進した。
ハント氏は当時、五輪は「お年寄りから若者まで、イギリスのスポーツ習慣を再活性化させるまれな機会だ」と話していた。
しかし五輪から数年後、若者のスポーツ人口はわずかしか増えていないことが明らかになっている。
2005~6年にイングランドで毎週30分以上スポーツに勤しんでいる16歳以上の割合は34.6%だったが、10年後の2015~2016年は36.1%だった。

○BスカイB買収
2012年初め、ハント氏のキャリアは崖っぷちに立たされる。控訴院裁判官だったサー・ブライアン・レヴェソンによる報道機関の慣行調査(レヴェソン調査)で、アメリカのメディア王マードック一家との関係が取りざたされた。
ハント氏は当時、文化相として、ルパート・マードック氏が率いたニューズ・コーポレーションによる英有料放送BスカイB(現スカイ)買収を監督していた。
ハント氏は、アダム・スミス特別顧問とニューズ・コーポレーションの接触を見過ごしたことや、自身もジェイムズ・マードック氏とこの買収についてメッセージをやり取りしていたことで批判を浴びた。スミス氏はこの件で特別顧問を辞任している。
調査によると、ハント氏はニューズ・コーポレーションがBスカイBに買収を持ちかけた際に、ロビイストのフレッド・ミシェル氏にメッセージを送っている。ハント氏の妻とミシェル氏の妻は、2010年5月に同じ病院で出産しており、ハント氏はメッセージの中でミシェル氏を「お父さん」、「モナミ(mon ami、フランス語で私の友人の意)」と呼んでいた。また2010年12月にもミシェル氏に、演説で「あなたの気に入らない内容は話さない」と内容を漏らすメッセージをしている。
ハント氏は、BスカイBの買収手続きの最中、自分は「完全に誠実に」活動していたと主張した。
○地方テレビ局の増設
ハント氏はこのほか、文化相としてイギリス全土に地方テレビ局の増設を計画した。
30カ所で新たなテレビ局が設立されたが、後に通信業界の監視団体Ofcomが、視聴者の関心不足と財政難を理由にこれ以上の拡大計画を中止させている。
たとえば、バーミンガムでライセンスを獲得したシティーTVは、放送を開始さえしていない内から管財人を指名しなくてはならなかった。
○BBC
BBCに対しては、経営陣の高給や民放への優位性に懸念があるとして、2010年から6年にわたり受信料を年間145.5ポンドに据え置くよう要請した。
これはBBC予算を実質16%削減するに等しく、BBCはこれに対応するために2000人の人員整理などに踏み切った。
BBCはこのほか、イギリス国外のサービスやウェールズ語チャンネル、農村地域へのブロードバンド網拡大などの資金についても、独自にまかなうことになった。
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保健相(2012~2018年)
ハント氏は2012年9月に保健相となった。
同氏はこの後、イギリスの国民保健サービス(NHS)の創設者アナイリン・ベヴァン氏を抜き、NHS史上で最も長く在任した保健相となった。
○NHS予算
しかしハント氏の在任中、NHSは創設以来最も設備投資が停滞し、大問題となった。
NHSが創設されて以来、保健支出は毎年インフレ率を平均4%超える数値で増加してきた。しかし2010年以後、保守党・自由民主党の連立政権が財政赤字を削減しようとする中、この値は1%まで落ち込んだ。
一方で、保健サービスの需要は高まっていった。
2005~2015年の間に、救急外来への訪問数は30%近く増加した。そしてハント氏の保健相在任中、85歳以上の高齢者の数も3割ほど増えた。
イギリスの予算責任局は、積極的に水準を上げず需要に応えるだけでも、NHS予算は毎年4.3%拡大しなくてはならないとの見解を示している。
財政難は多くの病院を赤字に追い込み、がん治療と病院予約、救急外来の待ち時間短縮という3つの主要領域で目標が達成できなくなった。
NHSイングランドは2015年以降、この目標をひとつも達成していない。
2018年1月の時点で、救急外来で目標とされている4時間以内に診察・処置を受けた患者はわずか85.3%だった。規定では、少なくとも95%の患者が4時間以内に治療、移送あるいは退院しなくてはならないとされている。
労働組合からは当時、ハント氏に対する辞任要求が高まっていた。
○医師との戦い
NHS職員の昇給に対する上限設定を延長するなどの一連の緊縮政策に加え、ハント氏は一般医の契約問題でも批判を浴びた。

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ハント氏は、2010年に保守党が選挙公約として掲げた、イングランドでのNHS運営を2020年までに年中無休にする案を実現するには、契約の変更が必要だと訴えた。
契約の変更とは、夜間勤務や土曜勤務を「通常勤務」とし、超過勤務手当を出さないというものだった。
NHSの給与査定当局は、「超過勤務」に手当てを出すと、年中無休のNHS運営は不可能だとの見解を示していた。
これに対し一般医は、「#ImInWorkJeremy(ジェレミー・私は働いている)」というハッシュタグで深夜や週末に働いている様子を写した写真をソーシャルメディアなどに掲載し、異論を訴えた。
一般医との契約交渉は中断と再開を繰り返し、英医療協会は最終的にストライキを決行した。
一般医は2016年、数々のストライキを起こした。あるストライキでは、午前8時から午後5時まで医師が働かず、救急医療すら動かなくなった。これはNHS史上初めてのことだった。
イギリスの世論もこのストライキを支持した。医師たちが救急医療を止めた際も、57%がこの動きに賛成し、54%が政府に非があると答えた。
医療協会は政府と労組の交渉者がまとめた合意を却下し、その後、新たな内容で一般医の契約が施行された。
ハント氏の保健相としての働きぶりはこうして厳しく批判されたが、その一方で2023年までに実質205億ポンドのNHS予算拡大を確保しようと模索した。
また、イングランドの病院や開業医をがんやメンタルヘルス、糖尿病などの治療で評価する独立監督システムの構築を監督した。
○患者の安全
ハント氏は保健相時代に演説で繰り返し、NHSで患者が不当に扱われた事例に言及した。2000年代後半に不適切な治療とそれに伴う高い死亡率でスキャンダルとなった、イングランド中部のスタッフォード病院に関する報告書に恐怖を覚えたと語っていた。
ハント氏は病院の監査システムを一新し、病院職員に誠実に職務に当たる義務を課すとともに、内部告発についても新たな規定を設けた。
○社会福祉
2018年には、社会福祉にも手をつけた。ハント氏は社会福祉を統合し、地元自治体による費用負担のもと、NHSがサービスを提供するシステムが必要だと訴えた。
ハント氏は2014年に、すでにNHSから自治体予算への資金の移行を進めた。この共同予算は、在宅ケアを受けられない高齢者が入院を長引かせなくてはならない問題への対策だった。
一連の施策の後、在宅ケア待ちを理由にした高齢者の長期入院の件数は減った。
ハント氏はまた、メンタルヘルス治療に初めて、待ち時間の目標を設定した。NHSは、2016年4月以降、精神疾患に初めてかかった患者の少なくとも半数が、病院を紹介されてから2週間以内に治療を開始しているとしている。
外相(2018年~)
2018年7月、ジョンソン氏がテリーザ・メイ首相の欧州連合(EU)離脱協定に反発して外相を辞任し、ハント氏はその後任となった。
今年3月にはイエメンを訪問。内戦が始まって以降、欧米の外相がイエメンを訪れるのは、ハント氏が初めてだった。
イギリス政府はサウジアラビアに兵器を提供しているため、これがイエメンでの軍事行動に使われているとして批判を浴びた。ハント氏は以前、サウジアラビアは「非常に、非常に重要なイギリスの軍事同盟国だ」として、サウジアラビアとの関係を擁護していた。
外相として、まったく失態がなかったわけでもない。中国を公式訪問した際には、ハ中国・西安出身の妻を「日本人だ」と言い間違えた。
ブレグジットでの立場
2016年のEU離脱の是非をめぐる国民投票で、ハント氏は残留派として活動した。しかしブレグジット(イギリスのEU離脱)が決まって以降は、もし2度目の国民投票があるなら離脱に投票するとしている。
ハント氏はこれについて、ブレグジット交渉での「欧州委員会の傲慢な態度」が原因だとしている。
また、EUの交渉術はまるで旧ソヴィエト連邦のようだとも批判している。この発言はEU大使や政治家から批判を浴び、ハント氏の謝罪を求める声も上がった。
ハント氏は、「信頼の置ける」離脱協定を再交渉し、アイルランド国境をめぐるバックストップ条項を変更したいと考えている。
一方で、EUとの合意のないまま離脱するのが「ブレグジット実現の唯一の方法」になったら、合意なしブレグジットも辞さない考えを示している。
だが首相の座を争っているジョンソン氏とは対照的に、ハント氏は10月31日という現在のブレグジット期限は絶対的なものではないとの立場だ。










