アメリカ公民権運動の指導者ジェシー・ジャクソン師が死去、84歳

スーツ姿でネクタイを少しゆるめたジャクソン師が、顔の前で手を組み、笑顔でカメラを見ている

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アメリカの公民権指導者ジェシー・ジャクソン牧師が17日朝、親族に囲まれて84歳で死去したと、家族が発表した。ジャクソン師は1980年代に2度にわたり、民主党の大統領候補指名を争った。

家族は声明で、「公民権指導者で、レインボー・プッシュ連合を創設した、ジェシー・ルイス・ジャクソン・シニア牧師の死去を、深い悲しみとともにお知らせします」と述べた。ジャクソン師は、「安らかに」亡くなったという。レインボー・プッシュ連合は、アフリカ系アメリカ人の権利拡大とアメリカ人全般の社会正義のためにジャクソン師が立ち上げた二つの組織を合体させた、非営利組織。

妻ジャクリーンさんと6人の子供たちは声明で、ジャクソン師の「正義、平等、人権への揺るぎない献身が、自由と尊厳のための世界的な運動を形作った」と述べた。

「彼は絶え間ない変革者で、1980年代の大統領選出馬から、何百万人もの有権者登録を推進した運動に至るまで、声なき人々の声を高め、歴史に消えない足跡を残した」と家族は続けた。

死因は公表されていないが、ジャクソン師は進行性核上性まひ(PSP)と診断され、昨年末に入院していた。

ジャクソン師は1960年代には、公民権活動家マーティン・ルーサー・キング牧師と共に活動した。1984年と1988年に大統領選の民主党の候補者争いに挑んだ。

白黒写真。ホテルのバルコニーにスーツケースを手にしたスーツ姿のキング牧師が立ち外を見下ろし、その隣で若く軽装のジャクソン師がスーツケースを手にし、笑顔で同じ方向を見ている

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画像説明, キング牧師(右から2人目)が暗殺される前日、牧師になる前のジャクソン氏(左から2人目)はキング牧師と一緒にいた。左はホゼア・ウィリアム氏、右はラルフ・アバナジー氏。キング牧師は翌日、このバルコニーに出ていた時に射殺された(1968年4月3日、テネシー州メンフィスのロレイン・モーテル)

2009年にアメリカ初のアフリカ系大統領となったバラク・オバマ氏は17日、ジャクソン師を「真の巨人」と呼び、牧師が行った「2度の歴史的な大統領選出馬」が「この国最高の職務を目指す私自身の運動の基盤を築いた」と述べた。オバマ氏は、妻ミシェル氏が「政治活動のために人を集めて組織化する様子を初めて見た」のは10代の頃、「ジャクソン家の台所のテーブル」でのことだったとも語った。

オバマ夫妻は声明で「ジャクソン牧師は60年以上にわたり、人類史上きわめて重要な改革運動を複数、導いてきた」と述べた。

「ボイコットや座り込みの組織化から、何百万人もの有権者登録、世界中の自由と民主主義の擁護まで、全ての人が尊厳と敬意に値するという彼の信念は決して揺るがなかった」

ジャクソン牧師は昨年11月に入院した。2015年にはパーキンソン病と診断されていたが、2025年4月の時点で進行性核上性まひ(PSP)と診断が改められたのだと、医師団は入院に際して発表した。

パーキンソン病も進行性核上性まひも、脳と神経系と筋肉の制御に影響する。アメリカ・パーキンソン病協会と米支援団体CurePSPによると、症状が重なるためPSP患者の多くはパーキンソン病と誤診されるという。

白黒写真。マイクの載った演台に向かい、口を結び斜め前を見ているジャクソン牧師

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ジャクソン牧師は1941年10月、南部サウスカロライナ州グリーンヴィルで生まれた。若くして政治に関わり、1960年代にはキング牧師の南部キリスト教指導者会議の指導者として頭角を現した。1968年4月にテネシー州メンフィスでキング牧師が暗殺された際、ジャクソン牧師は現場にいた。

そのキャリアを通じ、多様化の拡大するアメリカ社会をまとめようと、運動を構築し、貧困層や労働者階級を中心に据えたメッセージを掲げた。

2度にわたる大統領選出馬後、ジャクソン師は民主党の長老的存在となった。

息子のジェシー・ジャクソン・ジュニア氏は元アメリカ下院議員。

牧師の訃報を受け、多くの政治家や著名人がソーシャルメディアで追悼した。

ドナルド・トランプ大統領は、「大統領になるずっと前から知っていた」、「彼は良い男で、個性的で、粘り強く、世間を渡っていく処世術を身に着けていた」と書き、「とても社交的で、人間を心から愛していた!」と振り返った。

民主党のビル・クリントン元大統領とヒラリー・クリントン元国務長官も、「ほぼ50年」にわたり友人だったと追悼した。

クリントン夫妻は声明で、「ジャクソン牧師は人間の尊厳を擁護し、数えきれないほど多くの人がより良く生きられるよう、機会創出を支援した」と述べた。

民主党のハキーム・ジェフリーズ下院院内総務は、ジャクソン牧師は「声なき人のための伝説的な声」だったとたたえ、「何十年もの間、地域社会のために現場で尽力し、自由と正義のために闘う間、希望を持ち続けるよう私たちを奮い立たせてくれた」としのんだ。

ニューヨーク市長のゾーラン・マムダニ氏は、ジャクソン牧師が「アメリカがその可能性を実現するよう、常にアメリカに要求し続けた」と書き、「彼は行進し、出馬し、組織し、そして遠慮なく正義を説いた。私たちは言葉だけでなく、闘いを通じて彼をたたえよう」と呼びかけた。

キング牧師の娘バーニス・キング氏は、ジャクソン牧師が「貧困の中で生きる人、弱者、そして社会から押し出された人々を支えることに、生涯をささげた」と振り返った。

1960年代の公民権運動でジャクソン牧師と密接に連携して活動したアル・シャープトン牧師は、ジャクソン師は「この国と世界を変えた、重要で変革的な指導者」だったとたたえた。

「彼は私たちに、自分の価値を教えてくれて、希望を信じさせてくれた。私を世話して導いてくれたことを、ずっと大事にしていく。そして、希望をつなぐために自分の役割を永遠に果たしていきたい」とシャープトン牧師は書いた。