友達と楽しく飲み続けて……まさか31歳で肝臓を傷めるとは BBC記者の体験談

画像提供, Daniel Taylor-Sweet / BBC
ヘイゼル・マーティン、BBC番組「パノラマ」記者
飲酒をやめなければ死ぬかもしれないと医師に言われた。私はその時、31歳だった。
ショックだった。毎日飲んでいたわけではなく、一人で飲むこともなく、飲むのはアルコールに依存しているからではなくて、友達との付き合いの一環として楽しく飲んでいただけなので。
けれども、10代後半から20代後半にかけて私が続けた飲み方は、「binge drinking(ビンジ・ドリンキング、暴飲)」の定義に当てはまるものだった。周りの人たちも同じ飲み方だったので、普通のことだと思っていたけれども、今になってそのツケが回ってきた。
私は最近、母親になったばかりで、いつもくたびれていたので、かかりつけの医師に診てもらうことにした。そして、血液検査と肝機能検査を受けることになった。
続けていろいろな検査を受けたところ、アルコールに由来する重度の肝線維症が見つかった。つまり肝臓に重い瘢痕(はんこん、傷跡の意味)があることが分かったのだ。原因はおそらく、私の飲酒習慣だという。
診断結果を知らされた私は、娘をのせたベビーカーを押しながら、ぼうぜんとして家まで歩いた。これは確かに、私自身に起きたことだ。とはいえ、私だけの経験ではないはずだと思った。
私の経験から、イギリスの飲酒の風習について何がわかるのか。それが知りたくなり、BBCの調査報道番組「パノラマ」のために取材を開始した。
飲酒に由来する死亡率は、2001年に記録をとり始めて以来、イギリスで最高レベルに達している。
この問題が特に男性、しかも高齢男性に多いのは紛れもないことだが、イギリス国立統計局(ONS)の2001~2022年の統計によると、アルコール関連の肝疾患(ARLD)で死亡する45歳未満の女性はかつてないほど増えている。

たとえば夜の飲み会などで大量のアルコールを一度に摂取するのは、同じ量をもっと長期間にわたって飲むよりも、はるかに有害となる可能性がある。
英ユニヴァーシティ・コレッジ・ロンドン、オックスフォード大学、ケンブリッジ大学のチームが行った最新研究によると、一度に大量に飲酒する暴飲行動は、少量ずつ飲むよりも最大で4倍は肝臓を傷めるおそれがある。
暴飲というと、バーでぐったりしたり、バス停で倒れたりと、そういう姿を想像しがちだ。けれども実際には、暴飲に当たるアルコールの量は、思っているより少ないかもしれない。
イギリスで「暴飲」というと、女性の場合は一度で6ユニット以上、男性は一度に8ユニット以上のアルコールを摂取する行為を指す。イギリスのアルコール1ユニットは、純アルコール10ミリリットル(8グラム)だ(なお、日本の基準飲酒量1単位は、純アルコール約20グラムを指す)。
イギリスの場合、大きいワイングラス(250ミリリットル)でワインを2杯飲むと、6ユニット。つまり女性にとっての「暴飲」になる。
ロンドンのキングス・コレッジ病院で肝臓疾患を専門に診るデビー・ショウクロス医師は、仕事をもつ40代や50代の女性を日常的に診察していると話す。
「一度にいくつものタスクをこなして、大忙しな毎日を送っている人たちです。まだ成人していない子供がいるかもしれない」と医師は説明する。
「その人たちはアルコール依存症ではなくて(中略)ただ習慣的に、飲みすぎている」のだという。
私はまだ40代ではない。それでも、ショウクロス医師はまるで私の話をしているようだった。
若いころの私は、夜に友人たちと出かければ、「暴飲」と定義される以上のアルコールをいともたやすく飲んでいた。病名を診断されるまで、なんとも思っていなかった。
血液検査で異常値が出たため、スコットランド・グラスゴーのニュー・ヴィクトリア病院に送られた。そこでは超音波検査のほか、最終的にフィブロスキャン検査を受けた。もろもろの検査は、約1年の間に行われた。
フィブロスキャンとは、肝臓の硬さを測定する非侵襲的な超音波検査の一種だ。正常値は「7 kPA」以下だが、私の値は10.2だった(「kPA」とは、血中酸素濃度の測定に使う単位)。
これは私の肝臓に重度の瘢痕があると意味する数字だった。発見されないまま飲酒を続けていたら、肝硬変に進行していた可能性がある。
診断を受けたのは、2024年2月。担当の専門医、ショウレン・ダッタ医師は、アルコールを断てば、線維症が改善する可能性があると言った。

私の場合、なんとかしようと思えばまだなんとかできるうちに、問題が見つかった。本当に運がよかったと思う。
私の問題は、疲れがとれないと病院で相談して調べてもらっている中で見つかった。
しかし、肝臓病は多くの場合、初期症状がほとんどない。それが事態を難しくしている一因だ。
肝疾患の末期患者の10人に7人は、黄疸(おうだん)、体液貯留、異常出血などの症状で入院するまで、自分が病気にかかっていることを知らない。
エマ・ジョーンズさんの場合も、そうだった。北ウェールズ出身で39歳の彼女は、肝臓移植手術が成功してから1年3カ月後に、私の取材を受けてくれた。
エマさんも私と同じで、飲酒は仲間とわいわい楽しく過ごしながらすることだった。仕事はうまくいっていたし、友達も大勢いた。けれども、新型コロナウイルスの感染対策としてイギリスで繰り返されたロックダウンの最中に、状態がどんどん悪化していった。一番状態が悪かった時期には、1日にワインをボトル3本は飲んでいた。

エマさんは、末期の肝疾患が判明して入院し、36時間以内に命を落とす危険があると告げられた。
それでも奇跡的に回復した彼女は、定められた6カ月間の断酒を経て、なんとしても必要だった肝臓移植を受けることができた。
エマさんの病状は回復の途上にある。生活そのものも一変した。移植された肝臓を体が拒絶しないよう、今後一生、免疫抑制剤を飲み続けなくてはならないし、免疫を抑制しているため、感染症や病気への抵抗力が以前より落ちている。
それでも彼女は生きているし、元気だ。自分としては今までで一番良い状態なのだそうだ。前向きな姿勢と決意の力に、私も元気をもらった気がする。
「ジンの時間」
データとして最も新しいONSの2018年統計によると、39~45歳の女性の死因上位三つの中に、肝疾患が毎年必ず入っている。
リヴァプール大学のフィオナ・ミーシャム教授は、飲酒・薬物文化研究の第一人者の一人だ。「女性の飲酒量はきわめて短い間、約10年の間に、ほぼ倍増した」のだと教授は話す。
ミーシャム氏の研究によると、1990年代から2000年代にかけて、アルコール飲料業界は女性をターゲットに、アルコポップ(果汁や炭酸が入った低アルコール飲料のこと)やショット酒を次々と商品展開した。そして、フェミニズム、女性の社会的地位向上、女性の解放といった概念をマーケティングの道具にして、女性のアルコール消費拡大を促進していった。
その結果、若い女性の間に飲酒という習慣が確立された。一つの世代がまるごと取り込まれ、持続的な影響が残った――と、教授は考えている。
「世代別でみると今では、若者のアルコール摂取量が一番速いペースで減っているのに対して、30代、40代、50代の摂取量は依然としてかなり安定している」と教授は話す。
アルコール業界の販促方法は今も昔も同じように前のめりだと、グラスゴー・カレドニアン大学のキャロル・エムスリー教授は言う。今ではスパークリングワインを積極的に女性に勧めたり、「さあ今からジンの時間」「今からワインの時間」などとうたったりして、忙しかった1日の終わりにリラックスして自分をいたわる方法として、飲酒を推奨している。
英酒類業界の団体「ポートマン・グループ」は、「イギリスで、男女ともにアルコール関連の肝疾患が増えていることは、深刻な懸念事だ。しかし、酒類は常に合法な製品だった」と念押しする。
同グループの行動規範は「ジェンダーに基づくマーケティングをことさらに制限しない」ものの、「酒類生産者が責任を持って商品をマーケティングするよう、最低基準を設定している」とも説明する。
さらに、「適度な飲酒を促進し、アルコール業界に責任ある行動を求めていく」ために業界団体として「取り組みを続ける」とも約束している。
アルコールとの縁
診断から数カ月後、症状が改善したか確認するため、私は再びフィブロスキャンの検査を受けた。
kPAの値が10.2 から4.7 に下がり、健康な正常範囲内に戻っていたので、胸をなでおろした。
酒をやめた結果、これほど短期間でこれほど劇的な変化があるとは思わなかった。
私はもう飲酒するつもりはない。医師にもそう勧められている。
1年近く、1滴も飲んでいない。そのおかげで体調はとても良くなった。それでも、自分でもはっきりわからない漠然とした形で、アルコールとの縁が切れたことを悲しんでいる自分がいる。
アルコールは私たちの文化・風習に深く根付いている。私たちは誕生日パーティー、結婚式、葬式で酒を飲む。そしてもちろん、クリスマスから新年にかけての年末年始もそうだ。
私が生まれ育った環境では、飲酒は普通のことだった。それでも、自分が飲酒をやめざるを得なくなるまで、酒を飲むようにと働きかける周囲からのプレッシャーが実はどれほどあるのか、本当の意味では気づいていなかったと思う。
とはいえ、断酒を続けるのは簡単なことではない。ちょっとした楽しみとしての一杯。ごほうびとしての一杯。リラックスするための一杯。楽しい時間を過ごすための一杯。こうした形での飲酒を必要としなくなるよう、あるいは欲しくなくなるように、私は自分の脳の働き方を変えなくてはならなかったし、それには時間がかかった。
脳のプログラムを変える必要がある。それこそが当時の私にとって問題の一部だったし、社会全体にとってもいまだに問題なのだと思う。
(追加取材:アンバー・ラティフ、カースティ・ブリュワー)











