フン・セン首相、長男フン・マネット氏を首相に指名 カンボジア

デレックツァイ、ジョナサン・ヘッド(シンガポール、バンコク)

Hun Manet (R) is the eldest son of Hun Sen (L) who ruled Cambodia for nearly four decades

画像提供, Reuters

画像説明, フン・セン首相(左)の長男フン・マネット氏(右)が、カンボジアの次期首相になることが決まった

カンボジアで7日、フン・セン首相(71)の長男フン・マネット氏(45)が次期首相になることが、権力移譲の正式な手続きの中で示された。

ノロドム・シハモニ国王はこの日、フン・セン氏から公式発表を求める書簡を受け取った後、フン・マネット氏がフン・セン氏を引き継ぐとする勅令を出した。

フン・セン氏は38年間、政権を握り続けていた。

カンボジアでは7月23日に総選挙があり、与党カンボジア人民党(CPP)が圧倒的勝利を収めた。だが、民主的な選挙ではなかったとの批判が出ている。

唯一の対抗勢力だった野党キャンドルライト党は、手続き上の理由で選挙への参加が禁じられていた。CPPは125議席中120議席を獲得した。

フン・セン氏は選挙の数日後に退任の意向を表明した。

フン・マネット氏が首相に就任するには、8月22日に開かれる議会で指名の承認が必要。ただ、CPPが圧倒的過半数を占める議会では、承認は確実とみられている。

父親から息子へ

フン・マネット氏は最近までカンボジア王立軍の司令官を務めており、次期首相となるべく準備を進めてきた。今回の選挙では首都プノンペンから出馬し、首相就任に必要な議員資格を獲得した。

フン・マネット氏の首相指名は、フン・セン氏が数年前から示していた後継者計画に沿ったものだ。

新たな内閣では若い政治家が起用されるとみられている。今回の選挙では、1970年代~80年代にクメール・ルージュや内戦でフン・セン氏と共に興隆した政治家の多くが引退した。一部は、自分の子供にその職務を譲った。

フン・マネット氏への権力の移譲は2021年には発表されていたが、実際にいつ行われるのかは今年7月まで不明だった。

しかし、フン・セン氏は総選挙からわずか3日後に退任する意向を表明した。同氏は人口1600万人のカンボジアを40年近く統治し、世界で最も長く政権を維持している政治家の一人となっていた。

フン・セン氏は、カンボジアの安定を確実なものにするために退任すると話した。一方で、CPPの党首の座は維持するとしている。政治アナリストらは、これによってフン・セン氏はなお、究極の権力を保持することになると指摘している。

1985年の首相就任以降、フン・セン氏の統治は全体主義的になっており、反対勢力を刑務所に入れたり追放したりして押さえつけてきた。

今後もフン・セン氏の影響力続く

5日に71歳の誕生日を迎えたフン・セン氏は、7月の総選挙の結果を確定し、CPPの圧倒的勝利を認めた。しかしアメリカや欧州連合(EU)を含む西側諸国は、この選挙は自由でも公正でもなかったとしている。

フン・マネット氏も選挙結果を祝う中で、自身の息子がフン・セン氏に花束を贈る写真をインスタグラムに投稿。「尊敬する最愛の父、誕生日おめでとう」と書き添えた。

フン・セン氏はまた、フン・マネット氏が議員資格を得たことを確認し、首相就任への最後の障害を取り除いた。

カンボジアではここ数年で力のある野党勢力が活動を停止しているため、フン・マネット氏は与党外からの脅威にはほとんど直面しないだろう。しかし、父親が権力や富のある他の一族と築いてきた複雑な同盟の網を維持するのは簡単ではない。

フン・セン氏は、ライバルになる可能性のある人々に政治的・商業的な特権を与えることで機嫌を取り、経済の成長につなげてきた。他方、カンボジアにいつ発火するともしれない汚職と不平等を背負わせた。それが、経験の浅い息子にトラブルを抱え込ませる可能性もある。

フン・マネット氏は過去に、米ニューヨーク州ウェストポイントにある米陸軍士官学校と英ブリストル大学に在籍していた。このことから、同氏の政権は父親と比べて抑圧的ではなく、人権に関する西側の要請をより受け入れるかもしれないという推測も出ている。

しかしアナリストらは、フン・マネット氏が国をもっとオープンにするという確証はないと言う。また、フン・セン氏自身が、少なくとも向こう10年はカンボジアの統治に大きな影響を与え続けることを明確にしている。

フン・セン氏は、息子を首相に指名したことについてメッセージアプリ「テレグラム」に投稿。「まだ終わりではない。私は少なくとも2033年までは他の役職に就き続けるつもりだ」と述べている。