ロンドン警視総監、辞意表明 市長に不信任告げられ

Dame Cressida Dick
画像説明, 「悲しく残念だが」辞任することにしたと話すディック警視総監

ロンドン警視庁のデイム・クレシダ・ディック警視総監が10日、辞意を表明した。ロンドン警視庁をめぐり相次いだ問題について、サディク・カーン市長から不信任を告げられたという。

ディック警視総監は、自分の指導力を信用できないとカーン市長から告げられた以上、辞任するほかに「選択の余地がない」と話した。

ロンドン警視庁については、政府の警察監査機関「警察行為独立事務所(IOPC)」が今月初め、ロンドン中心部のチャリングクロス警察署に女性蔑視と差別と性的嫌がらせの「みっともない」風習がはびこっているとする報告書を公表したばかり。

昨年3月にロンドンで帰宅中のサラ・エヴァラードさんが現職警官に誘拐され殺害された事件についても、ディック警視総監の対応が批判されていた。他にも、未解決殺人事件について政府の独立調査委員会は昨年6月、ロンドン警視庁による捜査の不備や組織的な隠ぺいなどといった「腐敗」を批判していた。

2005年7月のロンドン同時多発攻撃発生から15日後に、警察が地下鉄駅で27歳のブラジル人男性を自爆攻撃犯と誤認して現場で射殺した事件では、警視総監になる前のディック氏が作戦を指揮していた。

ロンドン警視庁はイギリス最大の警察組織。女性がそのトップに立つのは、ディック氏が初めてだった。2017年4月に着任し、2年間の任期延長で合意したばかりだった。ディック氏は、後任が決まるまで、職務を継続する方針という。

警察改革案を市長受け入れず

辞任が発表される数時間前にBBC番組に出演していたディック氏は、辞めるつもりは「まったくない」と強調し、IOPC調査で発覚したチャリングクロス警察署の警官たちの行動について「激怒している」のだと話していた。

一方で、カーン市長は警視総監の対応に「満足していない」として、そのためディック氏は「職を辞することになる」と述べた。

市長はディック氏の約40年にわたる警察官としての奉仕に感謝しつつ、ロンドン警視庁への信頼を回復するため、「新しい警視総監の任命に向けて、内務大臣と緊密に連携していく」とコメントした。

警視総監は声明を発表し、「ロンドン市長と本日やりとりした結果、私がこのまま職務を継続できると市長は思っておらず、私を十分に信用できていないことがはっきりした。そのため警視総監の職を退くしか、ほかに選択肢がない」と述べた。

「サラ・エヴァラードさんの殺害をはじめ、多くの悲惨な事件がこのところ、この素晴らしい警察組織への信頼を損なってしまったことは承知している」とディック氏は認めた上で、「やるべきことはたくさんある。警視庁が、市民の信頼と自信回復に全面的に注力していることも承知している。だからこそ私は、警視庁とロンドンの未来を、非常に楽観している」と述べた。

ロンドン警視庁は今月4日、組織改革案を市長に提出。10日午後にもこの改革案をもとにした会議が開かれる予定だった。しかし、市役所関係者によると、カーン市長はこの改革案では問題は解決しないと判断し、会議は中止された。改革案への市長の不満は市の担当者には伝わっていたものの、警視総監には直接伝えられていなかったという。

ロンドンの警察職員を代表する首都圏警察連盟のケン・マーシュ会長は、ディック警視総監への扱いは不公平だったと批判した。「(ディック氏が)受けた扱いはまったく不公平だと感じているし、今の状態から警察が抜け出すため先頭に立つべきは彼女だと信じていた」という。

各界の反応

ボリス・ジョンソン英首相は、ディック氏が「何十年にもわたり、この国に大いに見事に奉仕してきた」とたたえた。

警察を所管するプリティ・パテル内相は、「大変な時」にディック氏が警視総監を務めたとして、「この国の警察がますます多様な組織になっている動きの象徴」だったと述べた。

最大野党・労働党のイヴェット・クーパー影の内相は、ディック氏の公務に感謝した上で、ロンドン警視庁への信頼を回復するには組織改革が必要だと話した。

野党・自由民主党の党首、サー・エド・デイヴィーは、ロンドン警視庁の首脳陣交代は「遅すぎたくらいだ」と述べた。さらに、ロンドン警視庁が首相官邸による感染対策ルール違反を捜査している最中の現状では、ジョンソン首相が新しい警視総監選びに関わってはならないとくぎを刺した。

2015年にロンドン警視庁の捜査で誤った殺人容疑をかけられたハーヴィー・プロクター元下院議員(保守党)は、ディック警視総監の辞任は「遅きに失した」として、「ディック氏自身による間違い」のすべてを全面調査するよう呼びかけた。

1980年代にロンドン南東部のパブの駐車場で私立探偵ダニエル・モーガン氏がおので殺害された事件について、真相解明を求め続けている兄のアラステア・モーガン氏は、ディック氏があらゆる意味で自分たち遺族を「落胆させた」のだと話した。

「またしても警視総監が1人、疑惑の煙にまぎれて消えていくのは残念だが、必要なことだ」とモーガン氏は述べた。

<分析> 自己判断は認められず――トム・シモンズ、国内問題担当編集委員

10日午前の時点で、警視総監は辞任するつもりはないと力説していた。しかし、その判断を下したのはどうやら本人ではなく、カーン市長だったようだ。

ロンドン警視庁の警視総監は、内務大臣の助言を得て、女王が任命する。しかし、市長の支持がなくては、警視総監の職は務まらない。

警視庁の組織改革案は実際に組織に変化をもたらすと、警視庁はここ数週間、市長を説得しようとしていた。しかし、政府指示で始まっているロンドン警視庁に対する独立調査も、改革案に盛り込まれていた。調査が終わるには年内いっぱいかかるとみられている。

しかし、カーン市長はもっと素早い対応を求めていた。数日か、かかったとしても数週間か。それが可能だと周囲は市長を説得できなかった。その結果が10日夜のてんまつだ。

ロンドン警視庁をめぐる諸問題

Dame Cressida Dick

画像提供, Reuters

  • チャリングクロス警察署の警官たちが、強姦を笑い話にし、不謹慎なメッセージをソーシャルメディアで交わしていたことが、IOPC調査で発覚した。警視庁は「深く陳謝する」と述べた
  • 首相官邸でのロックダウン・パーティーに関する調査報告書の公表が遅れているのは、ロンドン警視庁と官邸による「工作」だと、野党は批判している。官邸でのパーティーについて、警視庁の捜査は継続している
  • ロンドン警視庁の現職警官が、帰宅途中のサラ・エヴァラードさんを誘拐し、強姦し殺害した事件で、警視庁への批判と不信感が高まった
  • ロックダウン対策中に開かれたエヴァラードさんの追悼集会で、参加者を警察が強制排除したことも、問題視された
  • ロンドン北西部ウェンブリーの公園で女性2人が殺害された事件で、行方不明になった2人の捜索願を家族が出した時点で警察が速やかに対応しなかったのは、人種差別が関係していると遺族は批判している
  • アフリカ系の19歳男性がロンドン西部で行方不明になり、母親が失踪届を出した2週間後に死亡が確認された事件でも、被害者の人種が対応の遅れに関係したか、IOPCは調査している
  • 元イギリス代表の陸上選手とパートナーが2020年に市内を車で移動していた際、警察に停止させられ、赤ちゃんの息子から引き離されて手錠をかけられたのは、アフリカ系市民への人種差別が関係しているのではないかと言われている。警視庁は2人に謝罪している
  • 小児性加害者で詐欺師の男が、VIP専用の買春サークルがあるとしてロンドン警視庁をだまし、数百万ポンドの費用をかけた捜査が行われたことも、ディック警視総監の不手際のひとつとされている。上述のプロクター元下院議員はこの捜査の一環で不当に容疑をかけられた
  • 上述のダニエル・モーガンさん殺人事件に関する独立調査委報告は、警視庁内に組織的な腐敗があり、当時のディック警視総監が当初、警察の内部データベースへのアクセスを調査委に認めなかったとしている
  • 2021年7月のユーロ2020(欧州選手権)決勝戦で、チケットのない数千人がウェンブリー競技場に乱入した問題でも、警視庁の警備体制が批判された。ディック警視総監は、警察の対応は適切だったと反論した