幹線道路で大規模ダンスパーティー、アウトバーン延長に反対 独ベルリン

デイミアン・マクギネス、BBCニュース(ベルリン)

Raver at Berlin dance party holds sign saying no thank you autobahn

画像提供, AFP

画像説明, ベルリンでは高速道路の延長計画に反対し、幹線道路を封鎖してダンスパーティーが開かれた。プラカードには「アウトバーンはお断り」と書かれている

環境破壊への抗議活動として、道路に接着剤で体を貼り付ける方法は忘れた方がいい。ドイツの首都ベルリンで2日、幹線道路を巨大なダンスパーティー会場にする抗議行動があった。

スモークマシーンにミラーボール、ドリンクスタンドなどが、道路標識や信号機の間に設置された。クラブ通いの客や気候変動活動家、地元住民など数千人によって、ベルリン東部フリードリヒシャインの幹線道路は1キロにわたり、野外レイヴ会場に様変わりした。

この抗議行動はベルリン当局の許可を得ていた。地元ナイトクラブの主催により、2日の午後から夜にかけて道路が封鎖され、即興のステージから音楽が鳴り響いた。

参加者たちは、ベルリンの主要高速道路「A100」をこの幹線道路まで延長し、郊外を分断する計画の中止を求めている。

計画どおりに6車線の道路が延長されれば、ベルリンでも有数のナイトクラブが複数、取り壊されることになっている。

「アウトバーンはお断り」

取り壊しが予定されているのは、ナイトクラブなどの文化施設20カ所ほどと、いくつかの住宅だ。

近隣に住みクラブによく通っているというセリーナさんは、「全くの悪夢だ。怒りと悲しみでいっぱいだ」と話した。

「ベルリンの多くの文化が消えてしまう。市街地への高速道路なんて必要ない。こんなに便利な公共交通機関があるのに」

Selina, a clubber and resident
画像説明, セリーナさんは、ベルリンの文化が失われてしまうと話した

取り壊しの対象になっているナイトクラブ「アバウト・ブランク」でDJをしているアンぺリアさんは、この抗議はクラブの取り壊しだけでなく、環境に関するものでもあると話した。

「高速道路によってかなりの騒音と汚染が街にもたらされる。正直に言って、みんなにとって有害だ。どう見ても全く意味のないプロジェクトだ」

一方で、クラブが現在そこにあるのは、この地域が何十年もの間、A100の延長線上にあり、他に何も建設されなかったからに他ならない、という批判もある。

ドイツのフォルカー・ウィッシング運輸相とベルリンのカイ・ウェグナー市長は、同市の人口増と自動車保有率の上昇に対応するため、A100の延長が必要だとしている。

また延長によって改善されるのは、市中心部よりも、その周辺の車の流れだとしている。

Protesters hold signs with A100 crossed out

画像提供, AFP

画像説明, A100の延長計画に反対するプラカードを持つ参加者

「本当にばかげている」

しかし活動家たちは、道路が増えれば単純に車が増えるとする研究結果もあると指摘している。

つまり、A100がベルリン東部に延長されれば、すでに混雑している市中心部にさらに多くの車が入り込んでくるだろうとみている。

計画されている5キロの延長工事には約10億ユーロ(約1580億円)がかかる見込み。活動家らはこの予算を公共交通機関や自転車専用道路、歩道の改善などに使うべきだとしている。

若者による気候変動活動団体「フライデーズ・フォー・フューチャー」の広報を務めるクララさん(21)は、「ベルリンに住む同世代のほとんどは、この計画は本当にばかげていると思っている」と話した。

「これはドイツで最も高額な高速道路計画だ。この予算があれば、ベルリンから北京まで自転車専用道路がつくれる。この計画に投資するなんて全く頭がおかしい」

A100はドイツで最も交通量の多い高速道路のひとつで、ベルリン西部の大部分を取り囲んでいる。西部のいくつかの地区では、A100からの騒音が常に聞こえる状態だ。

「今は1950年代でも1990年代でもない」

ベルリンでは1958年、西ベルリン側で高速道路(アウトバーン)の建設が始まった。当初は、東西ドイツ統一のあかつきには、ベルリンを丸く囲む道路にする構想があった。

アウトバーンは、西ドイツが戦後に掲げた近代資本主義の大都市という理想郷のイデオロギーの一部だった。自動車が王となり、コンクリートの高速道路が戦争で傷ついた街の傷跡をなめらかにしていくと期待されていた。

1991年の東西ドイツの統一後、東西の交通システムの統合が問題となった。今回のアウトバーンの延長計画は1999年に始まった。

2日のダンスパーティーに参加した抗議者たちは、今は1990年代ではないし、ましてや1950年代ではないと語る。

Elisabeth Steffen of About Blank
画像説明, 計画で取り壊しの対象となっているナイトクラブ「アバウト・ブランク」の広報を務めるエリザベト・シュテッフェンさん

この抗議行動は、ベルリンにおける自動車をめぐる激しいイデオロギー闘争の一環でもある。

保守派、リベラル派、そして極右の政治家は、道路の改善とドライバーの権利拡大を求めている。

一方、環境政党や左翼政党は、そうした政策は気候変動目標を損なうもので、ベルリンは車の使用を制限している他の西側各国の都市と歩調がずれていると主張している。

「アバウト・ブランク」の広報を務めるエリザベト・シュテッフェンさんは、「この闘いは、ベルリンとドイツ政治の緊張を象徴している」と話した。

「革新的な勢力と、今はもう別の時代で、街はそこに住む人々のために作らなければいけないことを受け入れられないスーツ姿の年老いた白人男性たちとの闘いだ」

2日のレイヴは、ベルリンのクールさを維持するためのものではなかった。多くのベルリン市民が、こうした抗議行動を自分たちの街の未来をめぐる闘いだと考えている。