伝統と動物愛護のはざまで……「上げ馬神事」が坂の構造など見直しへ

ヴィバカ・ヴェニマ、白石早樹子、田村治、BBCニュース(ロンドン、東京)

A horse and rider climb a steep clay wall surrounded by crowds at this year's Ageuma Shinji or Rising Horse Festival

画像提供, 桑名市

画像説明, 多度大社の上げ馬神事では、観衆がひしめく中、馬と騎手は急な坂を駆け上がり、高さ1.7メートルの土壁を乗り越える

三重県桑名市の多度大社で例年5月にある「上げ馬神事」に、多くの批判が集まっている。今年はけがをした馬が殺処分され、動物虐待との指摘も出た。この事態に、主催者側は神事を改善する方針を発表した。680年の歴史を持つというこの行事は、今後も続くことができるのだろうか。

※この記事には動揺する恐れのある内容が含まれます

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鎧(よろい)に身を包んだ若い騎手が馬にまたがり、急坂を駆け上がる。観衆から大きな歓声が上がった。坂の上部には人の身長ほどの高さの土壁が設けられている。馬と騎手はこれを乗り越えなければならない。

坂の手前の狭い道には、数十人の男たちが手をつないで並び、声を合わせている。馬が壁を乗り越えれば豊作になるとされており、自分たちの地区の馬と騎手に力を与えようというのだ。

しかし、馬は壁のてっぺんに腹を引っ掛け、動けなくなった。脚をバタバタさせている。その後、馬は氏子(うじこ)らによって縄で壁の上へと引き上げられた。

別の馬は、壁にあごを打ちつけると、騎手もろとも後ろに転げ落ちた。この場面は動画に記録されている。

動画説明, 「上げ馬神事」の壁や坂を見直しへ 三重県に1000件以上の苦情
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2日間にわたった今年の上げ馬神事では、攻略がほぼ不可能な障害物に18頭が挑み、ほとんどが失敗した。

1頭は転倒し、左脚を骨折。殺処分となった。これをきっかけに、ソーシャルメディアには悲しみの声があふれた。けがを負った馬も5頭に上った。

上げ馬神事は今年までは、三重県の宝とされていた。毎年5月4日と5日に行われるこの神事は、45年前に県の無形民俗文化財に指定された。

過去3年間は、新型コロナウイルスのパンデミックで休止となり、今年、久々の開催となった。ところが、世間の受け止め方は変わっていた。

上げ馬神事をたたえたツイートは、ソーシャルメディア上で強い反感を呼んだ。三重県には1000件以上の苦情が寄せられた。上げ馬神事の廃止を求める署名には3万1000筆以上が集まった。参議院でもこの問題が取り上げられた。

その結果、三重県は動物愛護の観点から、壁を含む坂全体の構造について神社側に見直しを提案する方針を決めた。動物愛護活動家らが勝利した格好だ。

Parishioners line the ramp up to the wall

画像提供, tsugugoro

画像説明, 壁の手前の急坂には男たちが並び、自分たちの地区の馬と騎手を応援する
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上げ馬神事のコースは過酷だ。馬は直線を走った後に急坂を駆け上り、最後に土壁を乗り越える。

上げ馬神事の壁の高さは約1.7メートルあり、議論を呼んでいるイギリスの障害競走「グランドナショナル」で使われる最も高い障害物を13センチ上回る。グランドナショナルでは今年、3頭の馬が死んだ。また、国際馬術連盟が規程する障害物の最大の高さ1.6メートルより高い。

イギリスの動物愛護団体「アニマル・エイド」の顧問を務めている馬の専門家ディーン・スタンソルさんは、こうした高い障害物を越えるには、馬は相当の勢いをつけなくてはならないと指摘する。そして、200メートルという上げ馬神事の助走コースは、馬が全速力に達するには長さが不十分だろうとみる。

急坂も壁越えを一段と困難にしている。馬の走り方は傾斜を駆け上がる時に「劇的に変化する」からだ。結果的に、壁を越えられる馬はごく一部にとどまる。

伝統か、娯楽か

多度大社の広報担当者によると、上げ馬神事は14世紀の南北朝時代までさかのぼる。

しかし、急坂の全力疾走がいつ始まったかは定かではない。三重県は、1794年の文献に「坂を乗りあがる」との記述があると説明するが、壁に関する記述は1938年まで出てこない。1951年撮影のアーカイブ映像には、馬が壁を乗り越える場面があるという。

日本の動物愛護団体「Life Investigation Agency(LIA)」のヤブキレン代表は、生活に必要な農耕馬でこの神事を行っていた時代には、馬に苦痛を与えるようなことはしなかったはずだと述べた。

「(昔の人が)馬がけがをするようなことはするわけがない。2メートルの壁を越えさせて馬が脚の骨折やけがをしたら、財産を失うことになる」

動物愛護活動家らは、壁は古くからの伝統ではなく、参拝客を増やそうとして神社が始めたものだと主張している。起源が不透明なことが、この見方にある程度の説得力を与えている。

三重県によると、上げ馬神事では過去15年間に馬4頭が死んでいる。

「動物との共生を考える連絡会」代表の青木貢一獣医師は、21年にわたって壁や坂の構造や、馬の扱いの改善を求めてきた。

青木獣医師はこれまでに3回、馬に暴力をふるった参加者などを警察に告発したが、どれも起訴に至らなかった。そのうちの1回は、当時、殴る蹴るといった行為が動物虐待に当たるとされていなかったことから、不起訴となったという。

しかし、動物虐待をめぐる法律は改善されている。2020年の改正により、動物の「酷使」が刑罰の対象となった。青木さんは、これによって急坂の全力疾走が虐待に相当するようになったと話す。

A horse decorated with yellow ribbons

画像提供, tsugugoro

画像説明, 今年の上げ馬神事に参加した馬
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青木さんは、今年こそ変化が起きると期待している。ソーシャルメディアで大きな反対キャンペーンが起きたことで、現実的な影響力が生まれたと感じている。「今までは私たちしか声を挙げていなかった。でも(中略)この祭りの実態を一般の人たちが知ってしまった」。

活動家のmihomi*さんは、「伝統行事でないのなら、ただの神事をかたった『動物利用の娯楽』であり、やめられない理由にはならない」と言う。mihomi*さんは現地の空気を知るため、今年の上げ馬神事を見に行った。その際、観客たちが全く馬の心配をしていないことに驚いたという。

「地元の方たちは老若男女、馬が壁に激突したり、坂から転げ落ちたりするのを、まるで賭け事でもしているかのように歓声を上げて一喜一憂していた」

「子供も、転倒し苦しんでいる馬に『かわいそう』ではなく、『がんばれー』と声を掛けていた。印象的だったのは、『今度成功した馬の名前を孫につけようかな』と、(私の)後ろにいた地元民が話していたことだ」

地元の人々が上げ馬神事に大きな誇りを持っているのを目にしたmihomi*さんは、その気持ちを変えるのは難しいと感じたという。

引退した競走馬が参加

上げ馬神事を楽しみに見に行ったものの、馬のけがを目の当たりにし、ショックを受けたと語る人もいる。

あるソーシャルメディアユーザーは、けがをした馬の脚の写真を投稿。この神事のあり方を考え直した方がいいと思うと書いた。

殺処分となった「テイクワン」の共同馬主は、地元の米穀店の店主だ。ソーシャルメディアで批判を浴びた後、代理人を通じて声明を発表した。その中で、競走馬時代に「メルズーガ」の馬名で活躍したテイクワンに対し、「哀悼と謝罪の意」を表明した。

テイクワンの負傷については、ただちに獣医師に連絡して関係法令にのっとった手続きを取ったと振り返った。

声明によると、この馬主が所属する団体では過去20年間、馬が回復困難なけがを負ったことは一度もなかったという。また、馬主になったのは「責任感や伝統の継承の観点」からだったとし、次のように説明した。

「子供の頃より毎年5月には神事に参加するということが、生活の一部でもあり、誇りでもあった」

「年々少子化が進み、催事に関する多種様々な技術や文化・伝統の継承も困難になりつつある」

A horse and rider at this year's Ageuma Shinji or Rising Horse Festival

画像提供, Mihomi*

画像説明, 伝統的な衣装を着て馬に乗る地元の住民
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さらに、一連の出来事以降、家族全員が「不安定な精神状況に」あり、ソーシャルメディアでの「お怒り、お叱りの声」にすぐに対応できなかったことを謝罪した。

活動家らは、メルズーガのような引退した競走馬の使用も問題視している。サラブレッドは日本で昔から農耕に使われていた小型馬に比べ、上げ馬神事のコースに適していないからだ。しかし、日本固有の馬は今では数が少なくなっている。

「競走馬の問題点の一つは、とてももろい生き物だということだ」と、前出の馬の専門家スタンソルさんは指摘する。軽量な骨格と強靭(きょうじん)な筋肉という、速く走ることを可能にする資質そのものが、四肢を骨折する危険性を高めているという。

馬の行事でサラブレッドを使うのをやめた例がある。イタリア・トスカーナ州に中世から伝わる馬の競争競技「パリオ・ディ・シエナ」では、今では交雑種の馬だけが出走できる。イタリアの馬の愛護団体「IHP」のソニー・リキッキさんは、サラブレッドはとても弱く、深刻な事故が起こりやすいと指摘する。

Riderless horse Remorex of Selva Contrada team (C) passes Bruco Contrada team horse Schietta ridden by Andrea Mari known as Brio to win during the historical Italian horse race "Palio di Siena" on August 16, 2019 in Siena

画像提供, Getty Images

画像説明, 2019年の「パリオ・ディ・シエナ」の様子
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過去15年間で比べると、パリオとグランドナショナルで死んだ馬の数はそれぞれ、上げ馬神事より多い。ただ、直接的な比較は難しい。

一つ言えるのは、障害を乗り越える動きのほうが馬にとって危険度が高いということだ。障害を乗り越えようとして死ぬ馬は、平地を走っていて死ぬ馬の3倍に上ると、スタンソルさんは話す。

しかしスタンソルさんは、そうした事故の起こりやすさこそが、これらの催しが人気を集める理由の一部だと考えている。

「宗教的、文化的な祭りとして始まったものは時に、人々が惨事を美化する見世物的なイベントになる」

「そこでは成功と同じくらい失敗も重要なのだ」

集められた証拠資料

動物愛護団体LIAも今年、上げ馬神事について警察に告発した。同団体で調査員を務める新田薫さんは、今年の上げ馬神事の映像や報道を精査し、合わせて118件の虐待行為を発見した。

BBCが提供を受けた証拠資料の中には、馬の皮膚にできた傷の写真も含まれていた。新田さんは、これは騎手が竹の棒で馬を打ってできたものだと考えている。

多度大社の広報担当者はBBCの取材に対し、上げ馬神事の騎手の装束や操馬方法は「古来のしきたり」にのっとっていると説明。馬を操る鞭(むち)は竹を用いるよう伝承されているとした。

新田さんはまた、観客が手や法被で馬をたたいているのも目撃したと話す。

この点について神社側は、以前からポスターやチラシを作成し、こうした行為の根絶の周知徹底を図っていると強調。「その注意喚起を一部の者が無視すると指摘されることは、誠に遺憾」だとした。さらに、関連法令を順守しており、今年は虐待を監視する委員を2倍に増やしたと説明した。

「監視委員を配備したにもかかわらずこうしたことが起こった。(中略)過去はもっともっとひどかったのだと思う」

三重県はBBCの取材に対し、上げ馬神事が人と馬の両方にとって安全な行事であることが望ましいと述べた。2004年には「上げ馬神事事故防止対策協議会」を設立し、馬の取り扱いなどについて指導・助言を行っている。2010年からは、馬が走る場所への観客の立ち入りを禁止し、観客が馬にぶつからないようにしているという。

活動家らは壁の廃止求める

三重県は今年の上げ馬神事については、一部で「不適切」な行為があったが、虐待に当たる行為は確認しなかったと回答した。

しかし、6月19日行われた事故防止対策協議会の後、「動物愛護の考え方に基づき」壁を含む坂全体の構造を見直すべきだと提案。馬の扱いについても改善を指導していくと約束した。

LIAの新田さんは、壁の高さだけが問題ではないと述べ、安全な上げ馬神事などないと強調。馬は騒音や熱気、人ごみ、そして祭りの長さも苦痛に感じていると話した。

「今回の調査では、壁越えや坂を上がるといった以前に、上げ馬神事の環境自体が非常にストレスのある場所だということが分かった」

LIAのヤブキ代表は、県の改善提案は現時点では具体性に欠けると指摘。その上で、神事で動物を使わないことが望ましいと語った。

活動家のmihomi*さんも、コミュニティーにとっての神事の重要性は理解するとした上で、坂や壁を駆け上がらせることは廃止すべきだと語った。

「伝統行事といえども、現代の倫理観や社会通念に合わせて変化させていくべきだ」