ジャマイカは英王室から離れ共和政への道を歩むのか?
ウィル・グラント、BBCニュース(ジャマイカ、キングストン)

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ジャマイカに新しい君主が生まれたという宣言が、かつて大英帝国の中心にあったキングストン港に響き渡った。
イギリス王室とイギリスの商人たちは何世代にもわたり、キングストンの広大な天然の港を通して砂糖やカカオ、藍、そしてもちろん奴隷を取引し、ジャマイカで財を成してきた。19世紀までには、キングストンは西半球で最も重要な港のひとつとなった。
しかし、チャールズ3世の即位を伝える祝砲が聞こえなくなると、ジャマイカは王政との関係で岐路に立たされた。
ジャマイカは1962年にイギリスから独立しているが、その後もイギリス連邦の一員として、イギリスの君主を国家元首としている。
今年初めにケンブリッジ公爵夫妻が、故エリザベス女王の即位70周年(プラチナ・ジュビリー)にあわせてジャマイカを訪れた際、アンドリュー・ホルネス首相は「我々は前進している」と語った。
現在は皇太子となったウィリアム王子が、白い軍服を着て数十年前に祖母が使っていたランドローバーに乗っていたり、キャサリン妃がチェーンフェンス越しに黒人の子供たちの手を握っていたりと、お粗末な光景が続いた訪問の中で、首相は厳しいメッセージを発した。ジャマイカ人は、植民地支配の過去と決別し、バルバドスに続いて共和国になることを望んでいると、王位継承者に警告した。
最近の世論調査では、ジャマイカ人の50%以上が共和制への移行を支持している。エリザベス2世の死が、その流れを加速させているかもしれない。
憲法改正を推進する「ザ・アドボカシーネットワーク」のコーディネーターを務めるロザリア・ハミルトン教授は、「対話がまた始まる。我々が話せば話すほど、ジャマイカ人は目を覚ます」と語った。
「学校では教えてくれなかった、隠されていた歴史を学んでいる」と、ポートロイヤルからキングストン港を見下ろしながら、ハミルトン教授は続けた。
「ジャマイカ国民への質問は、『謝罪や償いをする用意のない君主、後悔や責任を示す用意のない君主、償いの正義のプロセスを始める用意のない君主を国家元首にしたか?』。それだけだ」

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チャールズ国王は昨年、バルバドスで「我々の歴史を永遠に汚した(中略)奴隷制のひどい残虐行為」を認めたが、ジャマイカに対して正式な謝罪はしていない。ウィリアム皇太子もジャマイカ訪問中、「深い悲しみ」を表明した。
ジャマイカと英王室の結びつきは深く、国の政治や歴史、制度、憲法などに深く刻み込まれている。忠誠心や「忠実な臣民」と見なされることに対する考え方は変化しているかもしれないが、ジャマイカの人たちは常にエリザベス女王に親愛の情を抱いていた。
2002年の最後の訪問の際、女王は首都キングストンで低所得者層が住むトレンチタウンの開発プロジェクトを視察した。トレンチタウンはレゲエ発祥の地とされており、ウィリアム皇太子も3月に同じ場所を訪れている。
ジュニア・リンカーンさんはここトレンチタウンで、危険にさらされている若者のためのメソジスト教会系施設「ボーイズタウン」の会長を務めている。「私が初めてここに来たのは9歳の時だから、もう70年もここにいることになる」と、リンカーンさんは笑った。
私たちが観客席で話している間にも、炎天下で、最も植民地的なスポーツだと言えるクリケットの試合が、ボーイズタウンと地元の別のチーム、ケンジントンとで行われていた。
初めてジャマイカからレゲエを持ち出したプロモーターの1人でもあるリンカーンさんは、ジャマイカは憲法上のつながりだけでなく、文化的、家族的なつながりを通じて、これからもイギリスと深く結びついていくと考えている。
英ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールでレゲエを披露したことや、王族に会ったことを回想しながら、リンカーンさんはこの問題をめぐる世代間の対立をはっきりと見ている。
「王室について私が知っているのは、伝統を大切にしているということだ」とリンカーンさんは言う。「しかし今の若いジャマイカ人は、独立を望んでいる。(君主が)国家元首であり続けるうちは、本当の意味で独立したとは思えないからだ」

クリケットの試合中、炎天下のイニングから日陰で回復している選手たちの中に、23歳のサンジェイ・ブラウンさんがいる。この年代のジャマイカ人がチャールズ国王から聞きたいことはただ一つ、「謝罪」だとブラウンさんは言う。
"多くの国民が、賠償金で補償されるべきだと考えている。しかしそれはまず、正式な謝罪から始まるべきだ。起きてしまったすべての歴史的誤りに基づいた謝罪が必要だ」
ボーイズタウンから数ブロック離れたところでは、美容師のシェリカ・ボーンさんが自宅の庭で客の髪を編んでいた。向かいのゴミ捨て場ではヤギがゴミをあさっていた。
ボーンさんは、ジャマイカの政治的腐敗(現地では「ポリ・トリック(政治のトリック)」と呼ばれている)を痛烈に批判し、憲法改正はジャマイカにとってほとんど意味をなさないと考えていると話した。
「そもそも、ジャマイカが女王と離れたことが間違いだったと思う。独立前と比べても全然良くなっていない。独立は何の役にも立っていない」と、ボーンさんは嘆いた。

いずれにせよ、この問題は勢いを増している。変革を求める人々は、一刻も早く国民投票を実施するよう働きかけている。
ハワード・ハーヴィー博士は、「女王に関係する人々にとって、今は感情的な時期であり、感情的な状態で決断するのは注意が必要だ」と警告している。
ハーヴィー博士は、ジャマイカではやや特殊な経歴の持ち主だ。
トレンチタウンに生まれたハーヴィー氏は、8人の兄弟と寝室1室の家で育ち、幼い頃は車のフロントガラスを掃除する仕事をしていた。しかし、非伝統的な職業訓練を経て高等教育を受け、博士号を取得し、ジャマイカを代表する教育学教授となった。社会的な流動性が非常に低いこの国では、貧困から抜け出すために同じような機会を得られる人はほとんどいない。
「バルバドスの例にただ反応するのではなく、自分たちで調査を行い、十分な情報を得た上で、今後どうするかを決めるべきだ」と、博士は付け加えた。
ハーヴィー氏は、ジャマイカが真に植民地時代の遺産を捨て去る第一歩は、教育システムの改革にあると考えている。歴代のジャマイカ政府は、自分が受けたような技術訓練の強化に失敗しているものの、技術訓練を重視する教育システムこそが、ジャマイカの若者たちの利益になると博士は指摘する。
ジャマイカの公立教育でいまだに植民地時代から続く態度が見られることについて、「システマティックという言葉は強いかもしれない」とハーヴィー氏は話す。
「しかし、私や私と同じような立場の人たちが変化を求めても、政治家はそれを議論しようとはしてこなかった」
「ジャマイカの若者にとっては、自分たちが長年、特定の構造の下で統治されてきたこと、そして女王が死んだからといってそれが滅びるわけではないと知ることが重要だ」

チャールズ国の王新しい肩書きの一つは、英連邦の長だ。ジャマイカの将来についての会話は、特に他の加盟国による同様の措置を予見させるため、国王の悩みの種になるだろう。
「ジャマイカが、チャールズ国王時代に英連邦初の(共和国になる)国だとは言わないが、最後になるとも言いたくない。私が期待するのは、そのプロセスがまもなく始まることだ」とハミルトン教授は主張した。
「首相は『我々は前進する』と言った。私たちは首相に、その言葉を守ってもらう」









