公共交通機関の車内でスマホの音をイヤホンなしで、周りはどう思っている……イギリスの場合

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グレイス・ディーン
8月の晴れた土曜日、レイチェルさんが英南部サセックスで運転する2階建てバスはほぼ空席だった。下段には乗客が3人しかいなかった。
車内はガラガラだったが、決して静かではなかった。一人の乗客がイヤホンを使わず、ラグビーの試合映像を見ていたからだ。
運転手のレイチェルさんが、運転に集中できないので音量を下げてほしいと頼むと、その乗客は、「あんたほどみじめなバス運転手、見たことがない」と反論し、憤慨した様子でバスを降りた。
「まるで10歳の子供みたいな態度だった」と、レイチェルさんは言う。本人の希望で、「レイチェル」は仮名だ。
イギリスの公共交通機関ではこのところ、音楽やティックトック動画やインスタグラムの「リール」動画を、イヤホンなしでスマートフォンからそのまま大音量で流したり、電話をスピーカーモードにして車内で通話したりする乗客について、複数の利用者が迷惑だと感じ、不満を募らせている。
非営利の調査・コンサルティング団体「モア・イン・コモン」による今年8月の調査では、イギリス人2015人のうち93%が、電車内で音楽を大音量で流すのは容認できないと回答した。
鉄道会社「ノーザン・レイル」の職員たちも、車内で音声を流すこうした行為を乗客による特に悪い習慣の一つとして挙げている。
対策としてロンドン交通局(TfL)は現在、音楽を聴いたり動画を観たりする時にはイヤホンやヘッドホンを使うよう促すポスターをバスや地下鉄で掲示している。
BBCは、公共交通機関を利用する人たちに、近くにうるさい乗客がいたことはあるか、対策としてポスター掲示で十分かどうか、尋ねてみた。
アレッシア・フォルツィネッティさん(43)は夏休みの間、キングストン・アポン・テムズ周辺を移動するため、2人の子どもと一緒に毎日のようにバスを利用する。そして彼女がバスに乗るたびに、少なくとも一人は、スマートフォンから音を大音量で流しているのだという。
それは「毎回」のことで、「本当に、本当に迷惑だ」とアレッシアさんは話した。
騒音にうんざりするあまり、いったんバスから降りて次のバスを待つこともあるという。特に子どもと一緒で、車内の誰かが響かせているのが露骨な歌詞の曲だったりすると、バスを降りるようにしていると。
音量を下げるよう、相手に直接頼む気にはなれないとも、アレッシアさんは言う。
バスの車内で大声で電話をしている人がいると、「本当にとても不快だ」と、サヤンティ・ダッタさん(42)は言う。
「他人の個人的な会話を、細かい内容まで聞かされるのは、場合によってはかなり恥ずかしい。聞きたくもないのに、あれほど狭い空間で聞かないようにするのはほとんど無理だ」

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サヤンティさんが最近バスに乗っていた時には、女性の乗客が自分のしゅうとめについて文句を言っていて、その詳しい内容が聞こえてしまったという。
「少し配慮してくれれば、かなり違うのに」
イングランド北部グレーター・マンチェスターに住むキャスリーン・ウォルシュさん(73)は、バスや電車でほかの乗客が流している音楽があまりに大音量で、自分がヘッドホンをかけていても聞こえてくるほどだと話す。
公共交通機関で動画や音楽や映画を大音量で流す人がいると、「まったく頭がおかしくなりそう」だとキャスリーンさんは言う。
キャスリーンさんにとって特に不愉快なのは、親が子どもにスマートフォンなどの機器を持たせて、「最大音量で再生させている」場合だ。
また、イングランド、ウェールズ、スコットランドでは、運転手や警察官が「他の乗客に迷惑をかける騒音」を発する乗客をバスから降ろすことができる法令もある。
ロンドン交通局の広報担当者はBBCに対し、「職員の指示に従わず、法令やバスの規則に違反した乗客は、起訴されて最大1000ポンド(約18万円)の罰金が科される可能性がある」と述べた。「ほとんどの場合、乗客は乗務員の指示に従うが、従わない場合は乗車を拒否したり、交通網の利用を禁止したり、起訴に向けて当局に通報することもある」という。
2024年には、ロンドン交通局の交通機関の利用者が規則違反で起訴されたケースはなかった。

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他の交通事業者も、車内で騒音を出さないように乗客へ働きかけている。
グレーター・マンチェスター交通局は、市電とバスからなる「ビー・ネットワーク」で、スマートフォンから騒音を出している乗客には、必要に応じて係員が注意するようにしているという。
リヴァプール周辺で運行するマージーレイルは、状況が悪化すればイギリス交通警察の警官が対応すると話す。「ただし騒音に関する苦情の場合、そうした対応はきわめて異例だ」という。
アヴァンティ・ウェスト・コースト、グレート・ウェスタン・レールウェイ、LNERなどの鉄道事業者は、「静かな車両」を用意している。こうした車両では、乗客は大きな音を出すのが禁止されている。
前出のバス運転手、レイチェルさんは、乗客が大きな音を出すと、運転の邪魔になることもあると話す。
「バスの前ではいろいろなことが起きている。私が注意すべきは前方であって、自分の後ろの車内のことじゃない」
「私にとって不快なことは、ほかの乗客にとっても不快なはずだと、そう思って対応している」とも、レイチェルさんは話した。
ではなぜ車内で騒音を出す人がいるのか
こうしたふるまいは「当たり前のこと」になってしまった、スマートフォンを「スピーカーとして」使う人が増えているのだと、レイチェルさんは言う。
「本当に、ものすごく無神経で図々しい」態度だと、東ロンドンに住むコナー・ジェイムズさん(32)は言う。コナーさんも公共交通機関で音楽を聴くが、必ずヘッドホンを使っている。
特に都会でこの問題がひどいのは、都会の人間は「他人にかかわらないようにする」分、ほかの乗客を不快にしても気にしないのかもしれないと、コナーさんは言う。
バスや地下鉄の車内で騒音を出す人たちは「もしかすると自己認識が足りないのかもしれない」と、コナーさんは考えている。

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ポスターだけで十分なのか
ロンドンの地下鉄では現在、イヤホン使用を促すポスターをエリザベス線で掲示している。今秋からは、ロンドン交通局の他の路線でも同様にポスターで呼びかける予定だ。
ロンドン交通局は、2021年に開始した性被害防止キャンペーンでも、視線、接触、口笛などの行為に関するポスターを広く展開した。
他の交通事業者も、自社の交通網で騒音行為への対策を検討している。イングランド東部で鉄道を運行するC2Cは、「乗客のマナー向上と迷惑行為の削減に向けた議論を歓迎する」と述べている。
ウェールズ交通局は、「乗客にお互いへの敬意と配慮ある行動を促す、新しいメッセージを導入している」としている。
ブライトン・アンド・ホーヴ・バス社も、「乗客がバスを利用する際、周囲に配慮するよう促す方法」を見直しているという。
多くの乗客はBBCに対して、騒音に関するポスター掲示を歓迎すると述べたが、ポスターやソーシャルメディアでのキャンペーンだけで、大勢の行動が変わるかどうか疑問視する声もある。
バス運転手のレイチェルさんも同じだ。多くの乗客は、ほかの乗客にスマホの音を下げてもらいたいとは、なかなか言えないのだという。そして、騒音を出す乗客を注意するために、公共交通機関が職員を増やす必要があるともレイチェルさんは言う。
「こういうことをする人たちは、罪悪感も責任感もまったく感じていないと思う」







