英デザイナー、クワントさん死去 ミニスカートを人気アイテムに

Models wearing outfits designed by Mary Quant in 1967

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画像説明, メアリー・クワントさんデザインの服を着たモデルたち(1967年)

イギリスのファッションデザイナーで、ミニスカートを人気アイテムにしたメアリー・クワントさんが死去した。家族が13日に発表した。93歳だった。日本でのブランド名は「マリークヮント」。

1960年代のロンドン・ファッションを作り出した1人として知られ、2015年に英王室から「デイム」の称号を与えられた。デイム・メアリーは、「(イギリス南部)サリーの自宅で、安らかに」息を引き取ったと、家族が明らかにした。

作品で特に人気を博したのが、ミニスカートとホットパンツだった。

ミニスカート姿で時代のファッションアイコンとなった英女優ツイギーさんは、デイム・メアリーについて「1950年代後半と1960年代前半に、若い女の子への影響はものすごくて」、「ファッションの革命児で見事な女性起業家だった」とソーシャルメディアに書いた。「彼女がいなければ、1960年代はまったく違うものになっていた」とも振り返った。

circa 1965: British fashion designer Mary Quant resting her chin in her hands while taking a break from work

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画像説明, 1965年のメアリー・クワントさん

ファッション誌「ヴォーグ」のイギリス版編集長だったアレクサンドラ・シュルマンさんは、デイム・メアリーは「ファッションのリーダーだったし、同時に女性による企業づくりのリーダーだった」と述べ、「髪型が最高だったというのをはるかに超えて、素晴らしい先見の明の持ち主だった」とたたえた。

米紙ニューヨーク・タイムズ国際版のファッション担当編集長、ヴァネッサ・フリードマンさんはツイッターで、「女性の脚を解放してくれたメアリー・クワント、安らかに。今の私たちがあるのはあなたのおかげです」と書いた。

2009年のメアリー・クワントさん

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画像説明, 2009年のメアリー・クワントさん

デイム・メアリーの遺族は、「20世紀で最も国際的に知られたファッション・デザイナーの1人で、傑出した革新者だった」と述べた。「1955年に(ロンドンの)キングス・ロードに1号店を出して以来、遠くまで見据えた創造性によってたちまち、イギリスのファッションに独自の貢献をした」と説明した。

彼女のデザインは、ファッション性に優れると同時に、着やすく実用的だった。活動拠点としたロンドン西部で1950年代にさかんになったカウンター・カルチャー運動が、着想の出発点となった。さらにイタリアのスポーツウェアに影響された当時流行のモッズ・スタイルも取り入れ、晴れ着だけでなく、女性にとって日常的で着心地の良い服を次々と発表した。

第2次世界大戦後の物不足の中で地味な服装が主流となっていたイギリスで、活動的で明るいスタイルを求めていた若い女性に、絶大な人気を得た。無駄のない洗練されたスタイルと鮮やかなデザインを生み出し、しかもそれを多くの若い女性が手に入れやすい形で提供したことで、1960年代ファッションの進化と広がりに大きな影響を与えた。

ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館は、「クワントさんがファッションにどれほど貢献をしたか、とても表現しきれない。1960年代ファッションの自由で解放された喜びを象徴する存在で、若い女性にとって新しいお手本となった」と評し、「彼女の先駆的なビジョンに今のファッションは多大な恩義がある」とたたえた。

1960年代ロンドンの息遣いをとらえた数々の写真で有名な写真家デイヴィッド・ベイリーさんはBBCに対して、デイム・メアリーは「なかなか素晴らしい人で、とても前向きだった」と話した。

File photo dated 15/11/18 of models posing on the steps of the Victoria and Albert Museum, London, during a photo call for the Mary Quant exhibition

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画像説明, 2018年にヴィクトリア・アンド・アルバート博物館で開かれた回顧展で、メアリー・クワント・デザインの服を着たモデルたち

デイム・メアリーは1930年2月11日、ロンドン南西部で生まれた。両親は共にウェールズ出身の教師だった。

ロンドンのゴールドスミス・コレッジで美術教育を受け、のちに夫となり一緒にブランドを立ち上げるアレクサンダー・プランケット・グリーンさんと出会う。卒業後は帽子職人に弟子入りした後、服作りを開始し、1955年にロンドン南西部のキングス・ロードにブティック「バザー」を初出店した。

この「バザー」は「スウィンギング・ロンドン」と呼ばれるようになる活気あふれる1960年代ロンドンの中心のひとつとなり、地下のレストランは若者やアーティストの交流の場になった。

キングス・ロード周辺のチェルシー地区は、ビートルズやローリング・ストーンズ、ブリジット・バルドーにオードリー・ヘップバーンといった時代の「顔」となる著名人が多く集まる、活気あふれる場所だった。

好きな車の名前から

お気に入りの乗用車の名前にちなんで、自分がデザインした短いスカートを「ミニスカート」と名付けた。2014年のインタビューでは「自由と解放」の空気を振り返った。

「ミニスカートを発明したのは、キングス・ロードの女の子たちでした。走って踊れる服を私は作っていて、お客さんの注文を聞いてスカートの長さも決めていました」

「私がスカートをかなり短くはいていて。すると、お客さんは『もっと短く、もっと短く』と言うんです」

1967年の英紙ガーディアンの取材では、「お上品で趣味が良いなんて死んだも同然。下品こそ命」と述べていた。短いスカート、幾何学的な形や水玉模様、鮮やかな色彩、化学繊維など新素材などを取り入れた自分の服は「傲慢(ごうまん)で大胆でセクシー」なのだとも話していた。

果たして彼女がミニスカートを「発明」したのか、それともフランスのデザイナー、故アンドレ・クレージュさんが生み出したのか、あるいは別のデザイナーなのかは、長年にわたり激しく議論されてきた。

しかし、ミニスカートを世界的な人気アイテムに押し上げた1人が、デイム・メアリーだったことに異論はない。

1966年の自著「Quant by Quant」では、キングス・ロードの店先に飾ったミニスカート姿のマネキンを見て、「山高帽とスーツ姿の紳士たちがショーウインドーをたたいて、『みっともない!』とか『けしからん!』とか叫んでいったけれども、お客さんは次々と押しかけて私たちの服を買ってくれた」と書いている。

友人で先駆的な美容師だった故ヴィダル・サスーンさんが手掛けたボブカットでも知られ、ミニスカートやホットパンツのほかに、ぴったりしたリブ・セーターや、ウォータープルーフのマスカラも広めた。

Mary Quant in 2009

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画像説明, 2009年のメアリー・クワントさん