「モスルに死が近づいている」 2年生き延びた男性

避難所にいるラカン・ジャウイド・エイドさんは、家族15人を養わなくてはならないと話す

画像提供, Norwegian Refugee Council

画像説明, 避難所にいるラカン・ジャウイド・エイドさんは、家族15人を養わなくてはならないと話す

イラク主要都市モスルを過激派勢力のいわゆる「イスラム国」(IS)から奪還するため、イラク軍とクルド人治安部隊が10月17日に進攻を開始してからというもの、市の周辺部に暮らす約1万7000人の市民が脱出し、自由を獲得している。

モスルを県都とするニネベ県出身のラカン・ジャウイド・エイドさんは、ISの支配下で2年以上生き延びた。モスルから約30キロ南のカイヤラ市を脱出し、避難所に逃れ、ノルウェー難民評議会に自分の経験を語った。

line

ダーエシュ(イスラム国の別称)が来る前、私と父親は、石油警察の一員だった。石油生産施設を守る治安組織だ。

父親はダーエシュにとって脅威だったので、即席爆発装置(IED)で殺そうとして失敗した。

そのダーエシュがモスルに入ってきたとき、警官だという理由で父を殺した。私は逃げおおせた。連中は私のことは追ってこなかった。

ISは「ただのひげだ」

うちの村は2年と数カ月、支配されていた。警察や軍にいたと誰かに漏らそうものなら、ダーエシュに殺されていた。

大勢の親友がそうやって殺された。自宅に帰ると、ダーエシュに連れ去られた。

ダーエシュはただのひげだ。モスクの礼拝に全部参加させられる。妻がヒジャブを着ていなければ、自分が鞭で打たれる。向こうの思うままだ。

給料をもらえる人たちは大丈夫だ。けれども私や、陸軍や軍で働いた人たち、給料がない人たちは、パンも買えない。

モスル郊外から1万7000人以上の市民が避難した。写真は、クルド人自治区アルビルから東40キロのハサン・シャム村の避難所にたどり着いた人たち(10月27日)

画像提供, Getty Images

画像説明, モスル郊外から1万7000人以上の市民が避難した。写真は、クルド人自治区アルビルから東40キロのハサン・シャム村の避難所にたどり着いた人たち(10月27日)

イラク軍がうちの村からちょうど5キロの地域を解放したので、私は脱出した。軍は村に向かって迫撃砲を撃ちこみ、ダーエシュは反撃していた。それがしばらく続いた。双方が撃っては撃ち返していた。

なので私たちは、イラク軍を待っていた。別の町に行くよう言われたので移動して、避難させてもらった。

そこで私はイラク治安部隊のところへ行って、自分が石油警察の一員だったと話した。最初は信じてくれなかったが、キルクークのダーエシュのことを話すと、受け入れてくれた。手伝わせてもらえるようになった。

「ダーエシュは犬だ」

モスルの中の人たちは、死が近づいていると話す。作戦が長引きすぎると、とんでもないことになると。仕事がない、みんな飢え死にしてしまう。

Iraqi forces and the Hashed al-Shaabi (Popular Mobilisation) deploy towards the village of Ayn Nasir, south of Mosul, on October 29, 2016, during the ongoing battle against Islamic State group jihadists to liberate the city of Mosul.

画像提供, Getty Images

画像説明, イラク軍特殊部隊はモスル中心部まで数キロのところまで迫っている。写真はモスル南のアイン・ナシル村へ向かうイラク軍(10月29日)

治安部隊が1~2週間のうちの食料を空から投下してくれなければ、大虐殺がおきると言う人たちもいる。

ダーエシュの連中は犬だ。

自分の町、モスルがダーエシュから解放されるよう願っている。みんなもとの仕事に戻れるよう、首相が手配してくれると期待している。

私はいま、給料ももらえないままここで、テントで暮らしている。正義はどこにいった?

私は家族15人を養わなくてはならないのに、給料がもらえていないんだ。