デイヴィッド・リンチ監督、78歳で死去 「ツイン・ピークス」などで話題に

デイヴィッド・リンチ監督

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アメリカの人気ドラマシリーズ「ツイン・ピークス」や、映画「マルホランド・ドライブ」など、カルト的人気を得た多くの作品で知られるデイヴィッドド・リンチ監督が亡くなった。家族が16日に発表した。78歳だった。

家族はフェイスブックで、「彼が私たちの元を離れて、世界に大きな穴があいてしまった」と死去を発表。「ただし、本人がよく言っていたように『ドーナッツの穴ではなく、ドーナッツを見続けて』いたいと思います。(中略)今日は太陽が光り輝く、青空がどこまでも広がる美しい日なので」と続けた。

リンチ監督は昨年8月、「長年の喫煙」のため肺気腫を患っていることを公表していた。

モンタナ州ミズーラで生まれた監督は、画家としての活動を経て、1960年代に短編映画の制作に転向した。

独創的で型破りな作風で知られたリンチ監督は、「ブルー・ベルベット」、「エレファント・マン」、「マルホランド・ドライブ」の3作で米アカデミー賞監督賞の候補になった。

1990年と1991年にアメリカで放送されたテレビドラマ「ツイン・ピークス」は、アメリカや日本など各国で話題になった。2017年に発表した続編が、主要作品としては最後になった。

1990年には映画「ワイルド・アット・ハート」で、カンヌ国際映画祭の最優秀賞パルム・ドールを受賞した。

この作品で主演した米俳優ニコラス・ケイジさんはBBCに対して、自分が映画に夢中になったのはリンチ監督に負うところがおおきいと話した。

「サンタモニカで、彼の『イレイザーヘッド』をよく見ていた」、「自分が映画界に入ったのは、特に彼のおかげだ。唯一無二の存在で、代わりになる人はいない」と、ケイジさんはBBCワールドサービス番組「ニュースアワー」で話した。

スティーヴン・スピルバーグ監督は、「独特のビジョンあふれる夢想家だった。手作り感のある映画を監督した」、「あれほど独創的でユニークな表現者がいなくなるとは、世界にとって寂しいことだ」と米誌ヴァラエティにコメントを寄せた。

ロン・ハワード監督は、「自分の心と魂に従った、思いやりあふれる芸術家だった。最先端の実験的作風で、忘れがたい映画を作れるのだと証明した」とソーシャルメディアに書いた。

リンチ監督は2009年に米ミュージシャン、モービー氏のシングル「Shot In The Back Of The Head」のミュージックビデオを製作した。訃報を受けてモービー氏は、「悲しくて仕方がない」と述べた。

2006年にはヴェネツィア映画祭で、長年の業績をたたえた栄誉金獅子賞を受賞した
Director David Lynch poses with the Golden Lion award for lifetime achievement at the Venice Film Festival September 6, 2006.

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シュールで夢のような

リンチ監督の作品世界全体に対して米アカデミー賞は2020年、名誉賞を贈っている。

その作品の多くは、シュールで夢の中にいるような作風で知られる。

初めて一般公開された監督作品は1977年の「イレイザーヘッド」で、暗く不穏な映像が渦巻いていた。

「確かにこの時点ですでに、見る者を内側からざわつかせるイメージを作り出す想像力が明らかだが、後年の作品の水準からするとさほどでもない」と、2001年の時点でBBCの映画評論家は評している。

リンチ監督は2024年5月にBBCラジオ3番組「サウンド・オブ・シネマ」のインタビューで、自分の映像の多くに伴うサウンドスケープ(音風景)を担当した作曲家の故アンジェロ・バダラメンティ氏との共同作業について、次のように振り返った。

「私はよくこう言ったものだ。『いや、それでも速すぎる。もっと暗く。もっと重たく、もっと不吉な感じで』と」

監督は昨年、肺気腫と診断されたものの、自分は「とても元気」で、「絶対に引退しない」と話していた。

この病気になったのは、たばこを長年吸い続けたことの「代償」なのだ説明していた。

しかしBBCインタビューの数カ月後には体調が悪化。昨年11月には米誌ピープルに対して、歩くには酸素吸入が必要だと話していた。