作家ラシュディさん、人工呼吸器外され会話できるように 容疑者は殺人未遂罪で訴追

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米ニューヨーク州で講演中に刺された英作家サー・サルマン・ラシュディさん(75)が13日夜、人工呼吸器を外され会話ができるようになったという。これに先立ち現地検察は同日、ラシュディさんを刺した疑いの容疑者を殺人未遂の罪で訴追したと発表した。ラシュディさんは小説「悪魔の詩」を執筆後、イランの最高指導者だったルホラ・ホメイニ師から死刑宣告を受けるなど、長年にわたり殺害予告を受けてきた。
ラシュディさんの出版代理人、アンドリュー・ワイリーさんは米メディアに対し、ラシュディさんから人工呼吸器が外され、会話ができるようになったとの情報を認めた。
ワイリーさんは前日、ラシュディさんの「腕の神経が切断され、肝臓を刺されて損傷を受けた」ほか、片目を失う恐れがあると明らかにしていた。病院で手術を受けたのち、人工呼吸器をつけられ、会話はできなかったとも話していた。
事件のあったニューヨーク州西部にある教育施設「ショトーカ・インスティテュート」のマイケル・ヒル代表もツイッターで、サ「ルマン・ラシュディは人工呼吸器が外されて、話している! ショトーカの全員が回復を祈っている」と書いた。

12日にショトーカ・インスティテュートで講演中だったラシュディさんは、壇上に駆け上がった男に、顔や首、腹部などを少なくとも10回刺された。ドクターヘリで近くのペンシルヴェニア州イーリーに運ばれ、手術を受けた。
ラシュディさんと共にステージ上にいた司会者のヘンリー・リース氏は頭に軽いけがを負い、地元の病院に運ばれた。リース氏は、迫害の脅威にさらされた亡命作家たちに安全な場所を提供する、非営利団体の共同創設者。
ニュージャージー州在住のハディ・マタール容疑者は、ラシュディさん襲撃直後に講演会場の壇上で拘束され、間もなく逮捕された。検察によると、13日午後に現地ショトーカ郡の裁判所に出廷し、罪状を否認した。保釈は認められず、勾留されたという。
ニューヨーク州ショトーカ郡ジェイソン・シュミット地区検事は声明で、「否応なく長期間続く司法手続きの、ごく初期の段階」だと述べた。

ラシュディさん襲撃について、表現の自由に対する攻撃だと文学界をはじめ各界から衝撃と怒りの声が相次いでいる。
ジョー・バイデン米大統領は13日夜、「残酷な攻撃」に「衝撃を受け、悲しんでいる」と声明を発表。「威圧をはねのけ、決して沈黙させられたりしないサルマン・ラシュディは、真実、勇気、しなやかなたくましさ、恐れずに考えを共有する能力など、不可欠で普遍的な理想を掲げる人だ。これはどれも、あらゆる自由で開かれた社会の礎だ」として、「アメリカや世界中の人たちと共に、(ラシュディさんの)健康と回復を祈っている」と述べた。
イラン政府はラシュディさん襲撃に、公式に反応していない。イランのメディアは事件を報道するにあたり、ラシュディさんを「背教者」と呼んでいる。
犯行動機は
捜査当局は、容疑者の動機を明らかにしていない。警察は12日、講演会場で発見されたバックパックと電子機器を調べるつもりだとしていた。
米NBCニュースによると、マタール容疑者のソーシャルメディア・アカウントから、イランで大きな軍事的・政治的な影響力をもつイラン革命防衛隊(IRGC)に共感している様子がうかがえるものの、具体的な関係は確認されていない。
レバノン当局によると、容疑者はレバノンからアメリカに移住した両親のもと、アメリカで生まれた。AP通信が伝えた。
事件当時、会場には警備員が2人いて、その1人が容疑者を取り押さえた。
ただし、ラシュディさんにはイランからの殺害命令が出て約300万ドルの懸賞金がかけられているだけに、警備が手薄だったのではないかとの意見が出ている。
会場にいた観客によると、手荷物検査や金属探知機などはなかった。
ショトーカ・インスティテュートの代表によると、マタール容疑者は講演会の他の参加者と同様、施設への入構証を取得して、会場にいた。
「悪魔の詩」で「ファトワ」
インド出身でイギリス国籍のラシュディ氏は、1981年出版の小説「真夜中の子供たち」で一躍有名になった。同小説は英国内だけで100万部以上を売り上げた。
しかし、1988年出版の4作目の小説「悪魔の詩」をきっかけに、9年もの間身を隠さざるを得なくなった。
超現実主義でポスト・モダンなこの小説は、その内容がイスラム教を冒涜(ぼうとく)しているとして一部のイスラム教徒の怒りを買い、いくつかの国で出版が禁止された。
出版から1年後、イランの最高指導者だったホメイニ師はラシュディ氏の死刑を命じた。ホメイニ師はラシュディ氏を殺害した者に300万ドルの懸賞金を支払うとする「ファトワ」(イスラム教の法学者が宗教的な立場から出す勧告や判断)を発した。
イラン政府はホメイニ師の命令から距離を置いているものの、ラシュディ氏にかけられた懸賞金は現在も有効で、イランの準公的な宗教団体は2012年に50万ドルを報奨金に上乗せした。
「悪魔の詩」をめぐっては、1991年7月、同小説の日本語訳を手掛けた筑波大学の五十嵐一助教授(当時44)が同大学筑波キャンパス内で刺殺されているのが見つかった。喉を切られており、「イスラム式の殺し方」だったとされる。2006年、容疑者を特定できないまま時効が成立した。
ラシュディ氏は宗教活動を実践しないイスラム教徒の両親のもとに生まれ、無神論者で、表現の自由を声高に主張するようになった。何度か自分の作品を擁護している。ラシュディ氏はアメリカの市民権も持つ。
2007年にエリザベス英女王から「ナイト」の称号を受けた際には、イランとパキスタンで抗議活動が起こった。ある閣僚は、「自爆攻撃を正当化する」ものだと述べた。
ラシュディ氏が出席したいくつかの文学イベントは脅迫やボイコットの対象となった。それでも執筆を続け、2023年2月に最新作「Victory City」が出版される予定。








