2015年パリ連続襲撃事件、裁判始まる 実行犯が出廷

French police officers secure a convoy believed to be transporting suspects

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画像説明, 厳重な警備の下、警察車両で裁判所に到着する被告人

2015年11月にパリで発生した連続襲撃事件の被告20人の裁判が8日始まった。裁判は9カ月にわたる見込みで、約330人の弁護士や300人の被害者、そして当時大統領だったフランソワ・オランド氏などが証言台に上がる予定だ。

2015年11月13日に発生したパリ連続襲撃事件は、フランスにとって第2次世界大戦以降で最悪の事件と言われている。

市内のコンサート会場やレストランなどで銃撃や爆弾攻撃が相次ぎ、130人が死亡。過激派組織「イスラム国(IS)」が犯行声明を出した。

オランド元大統領は当時、この事件をISによる「戦争行為」と表現していた。

実行犯の多くはその後の摘発の際などに死亡したが、唯一生き残ったサラ・アブデスラム被告(31)がこの日、出廷。自分たちが「犬のように扱われた」と訴えた。

被告らは、殺人罪や共謀罪などで起訴されている。アブデスラム被告を含むその大半は、有罪となれば終身刑を言い渡される可能性がある。

「ここは民主主義の法廷」

この事件の裁判は、フランス現代史の中でも最大のものになると言われている。

裁判に参加する場合はいくつかの検問を通る必要がある。また、この裁判のために数百人を収容できる法廷が建てられた。

裁判は記録されるが、中継はされない。一方、フランスで「私訴原告人」と呼ばれる被害者や犠牲者遺族は、配信による傍聴も可能だ。

Photographers take pictures of the courtroom

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画像説明, この裁判のために数百人を収容できる法廷が建てられた

初公判の8日、裁判所の周囲は閉鎖され、武装した警察官や警察犬が警備に当たった。

被告人の身元確認では、アブデスラム被告は自分の名前のあと、「アッラーの他に神はなし」というイスラム教の信仰告白を行った。

仏メディアによると、アブデスラム被告は被告人席から大声で、自分は死後「生き返る」から過去に不満はないと主張。BFMTVは、同被告が「私たちを人間として扱うべきだ」とも述べたと報じた。

この発言に対し法廷内からは「私たちはどうなんだ? 130人も死んだんだ」という声が上がった。

その直後、裁判官はアブデスラム被告に、ここは「宗教の法廷ではなく、民主主義の法廷だ」と告げた。

アブデスラム被告はまた、「私はISの兵士になるために仕事を辞めた」と発言したという。

犠牲者遺族の声

事件現場となったバタクラン・ホールで息子のステファンさんを失ったジャン=ピエール・アルベルティーニさんはロイター通信に、アブデスラム被告の「ISの兵士」という言葉から、彼がまだ「戦争状態」にあることがわかると語った。

同じく息子のトマスさんを殺害されたフィリップ・ドゥペロンさんは、この裁判にはじれったさや不安だけではない、複雑な気持ちを抱いていると話した。

「すべての犠牲者に証言に立つ機会があると思うが、とても心の痛む瞬間になるだろうし、痛みがまた戻ってくることになる」

ソフィー・パラさんはBFMTVの取材に対し、法廷で被告と顔を合わせることに不安はあるものの、証言を行うつもりだと話した。

パラさんは、「あらゆる可能性」について「たくさんの悪夢を見た」と述べた一方、犠牲者のためにやらなければならないと思っていると語った。

バタクラン・ホールの襲撃で生き残った8人の代理人を務めるヴィクトル・エドゥー弁護士は、クライアントの何人かはアブデスラム被告の発言を聞いて「具合が悪くなっている」と話した。

「これが9カ月間続くことになる」

アブデスラム被告とは

Images of Salah Abdeslam

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画像説明, サラ・アブデスラム被告は、事件から4カ月後の2016年3月に、ベルギーの首都ブリュッセルで逮捕された

アブデスラム被告は、実行犯で唯一生き残った人物で、襲撃に際して調達などの支援を行っていたとされる。

被告は事件当日、自爆ベルトを外して現場から逃走した。その後の捜査では、このベルトが不発だったことが明らかになっている。

事件から4カ月後の2016年3月に、ベルギーの首都ブリュッセルで警察との銃撃戦の末に逮捕された。

逮捕後は、フランス当局への協力を拒否し続けている。2018年に行われたベルギーでの裁判では黙秘を続けた。

その他の被告

アブデスラム被告と共に出廷した13人は、襲撃の資金調達や計画に関わった疑惑がもたれている。8日には全員が名前と住所、職業を答えた。

モハメド・アブリニ被告は、実行犯に資金や武器を提供した罪に問われている。また、2016年にブリュッセルで発生した爆弾攻撃についても起訴されており、来年裁判が行われる予定。

また、モハメド・アムリ被告とハムザ・アトゥー被告は、事件直後にアブデスラム被告をフランスからブリュッセルへ移動させたことを認めている。

一方、この日出廷しなかった6人は欠席裁判となる。うち数人はすでに死亡しているとみられているが、公的に死亡が確認されていないため、欠席裁判の対象となった。

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<解説> 高まる感情と静寂の瞬間 ――ヒュー・ショフィールド、パリ特派員

歴史的な裁判の初日が、混乱と厳粛さ、緊張と退屈の入り混じった中で終わった。初めは、全員が右往左往する混乱の場だった。しかし、午後1時に裁判長が法廷に入ると静寂が訪れた。私にはこの瞬間、その場にいた誰もが息をのみ、この裁判の重要性を理解したように思えた。

動揺の走る場面もあった。主要な被告であるサラ・アブデスラム被告が、自分の職業は「イスラム国の兵士」だと述べた時などだ。また、同被告が刑務所の環境について不満を述べた時にも、小さな衝突があった。被告は自分は死ねば復活するから刑務所の状況を気にしていないと述べた一方、自分と敵対する人々には「報い」があると話した。

アブデスラム被告はこの法廷でISの報道官になろうとしているのだろうか? 自分のジハーディスト(イスラム聖戦主義者)としての資質に不安を覚えているからこその虚勢なのか? 同被告は、自爆攻撃に失敗しているのだから。

こうした中で、長期にわたる裁判にありがちな光景、つまり、あまり物事の進まない時間もあった。今回の裁判も、最初の2日間はただひたすらに、私訴原告人に登録した事件の生存者や遺族数百人の名前を記録することに充てられる。

これがこの裁判のパターンになるだろう。静かな時間に時折、感情の高まる瞬間が入り込む。2015年11月13日の事件にまつわる裁判は、徹底的に行われる一方で、とても疲れるものになるだろう。

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