【パリ連続襲撃】3人目のバタクラン襲撃犯とは

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パリ警察は9日、11月13日のパリ連続襲撃でバタクラン・ホールを襲った3人の1人とされる容疑者の氏名を公表した。フランス報道によると、男はフエド・モアメド=アガド容疑者(23)。連続襲撃では130人が殺害され、そのうち90人がバタクラン・ホールで犠牲になった。バタクラン・ホールを襲った3人は全員死亡した。(敬称略)
モアメド=アガド容疑者の母親の弁護士によると、先週シリアから母親のもとに、息子は襲撃で死亡したというメールが届いた。捜査当局は、バタクランに残された遺体のDNAと、容疑者の親類のDNAから身元を確認したという。
警察発表を機に、モアメド=アガド容疑者の人物像が徐々に明らかになった。
モアメド=アガド容疑者とは?
フランス東部の国境の町ストラスブールに近い、人口8000人弱のウィッセンブールで育ったフエド・モアメド=アガドは姉妹2人と兄1人の4人兄弟。25歳の兄カリムは容疑者と同じようにシリアへ渡航した。
仏紙ル・パリジャンによると、父サイードと母親はモロッコ出身で、2007年に離別した。
フランス2テレビによると、ストラスブールの警察には軽犯罪への関与で知られていた。シリアへ渡る前に仕事についていたと示す情報はない。
シリアへの旅
複数報道によると容疑者は、ストラスブールのル・メノー地区から仲間たちと一緒にシリアへ向かった。
かつて危険とされた同地区の治安は近年回復しつつあるという報道が昨年あったが、それでも若者層の失業率は30%に近い。
仏紙ル・モンドは、容疑者がドイツ国境を越えたケール町のシーシャ(水タバコ)バーに頻繁に通い、仲間と会っていたと伝えている。カリムを含む10人がシリア行きを計画したのも、このバーでのことだったという。
10人の便宜を図ったのは、聖戦運動の戦闘員をリクルートする係とみられるフランス人ムーラド・ファレス容疑者(2014年にトルコで逮捕)とみられる。
ル・モンドによると、容疑者のシリア行きは順調にいかなかった。2013年12月には飛行機に乗り損ね、ほかの仲間がトルコで到着を待つ羽目になった。
ニュースサイト「フランス・インフォ」によると、容疑者は家族にドバイに遊びに行くと伝えていた。一行は後に捜査員に、過激派勢力「イスラム国」(IS)のために戦いに行ったのではなく人道目的のためだったと話している。
シリアの中で

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ル・モンドによると、一行はシリアに入った後、アレッポ経由でISの事実上の首都ラッカへ向かい、そこからさらに東部に移動した。
仏メディアによると、ストラスブール・グループの2人、ムーラドとヤシーヌ・ブジェラル兄弟は昨年初めに検問所で殺害されている。
それから数カ月の間、モアメド=アガドを除く一行は全員、欧州に戻り逮捕された。容疑者の兄カリムを含め全員、公判開始を控えている。
フランス2によると、この時点でモアメド=アガドは仏治安当局に把握されていた。さらに、仏紙デルニエール・ヌーベル・ダルザスによると、国際刑事警察機構(ICPO、インターポール)に指名手配されていた。
シリアに妻がいるという報道もあるが、シリア国内で結婚したのか、妻がシリアまでついて行ったのかは不明だ。
シリアを出て
モアメド=アガドがいつどうやってフランスに戻ったのかは判明していない。両親に連絡する時も、ことさらに自分の居場所を隠そうとしていたという。
父サイードはル・パリジャン紙に対して、最後に息子から連絡があったのは今年夏で、ウエブカム経由だったと話した。「いつもと同じで、自分がどこにいて何をしているのか何も話さなかった」、「『大丈夫、大丈夫』と繰り返し、聖戦のことをいろいろ話していた」と父親は言う。
記事によると、母親は息子が戦争を離れるよう期待して送金していた。
父親は9日、報道陣に対して、「いったいどんな人間があんなことをやらかすんだ? あんなことをすると知っていたら、事前に自分で息子を殺していた」と話した。









