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アメリカのユダヤ人とパレスチナ人、どちらも恐怖と憎悪に直面
マデリン・ハルパート、BBCニュース
パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスと、イスラエルとの戦争による影響が、実感を伴いながら世界各地に広がる中、アメリカに住むパレスチナ人とユダヤ人のどちらも、自分たちが脅かされ、嫌がらせの対象になっているという不安感が増していると口にする。
10月13日に米ペンシルヴェニア州ハリスバーグでは、パレスチナを支持する平和的な集会が開かれていた。数百人が集まったその場に、銃を手にした男が現れ、人種差別的な罵倒語を怒鳴り始めた。
州議会議事堂の前の階段でパレスチナ支持集会を開いた主催者の一人、オマル・ムサさん(30)によると、男の出現に命の危険を感じた大勢が、走って逃げだしたという。
「男は私たちをおびえさせ、恐怖させるためにこの集会に来た」のだと、パレスチナ系アメリカ人のムサさんは言う。「自分自身の真実について語り、自分が信じることについて語るため、自分の同胞と集まるのに、おびえながらそうしなくてはならないなど、最悪だ」。
イスラム教徒を憎悪する決まり文句をわめきながら、集会参加者らに銃を向けたとされる男は、人種を根拠にした威圧やテロ行為の脅しを含む罪状で訴追されている。
アラブ・アメリカ反差別委員会(ADC)は、パレスチナ系アメリカ人、アラブ系アメリカ人、そしてイスラム教徒のアメリカ人に対する憎悪(ヘイト)案件について、何百件もの報告を受けているという。他方、アメリカの有力ユダヤ人団体、名誉毀損(きそん)防止同盟(ADL)によると、10月7日にハマスがイスラエルを攻撃して以来、ユダヤ人差別の案件が急増し、約2週間で107件報告されたという。
ジョー・バイデン米大統領は、こうした憎悪行動を非難している。ホワイトハウス執務室から国民に向けて19日に行った演説では、このような憎悪の具体化を前にしてアメリカ人は「ただ黙って傍観するわけにはいかない」と警告した。
しかし、中東で今回の戦争が続く限り、アメリカでは憎悪の事案発生が続くだろうと、多くの専門家やユダヤ系アメリカ人指導者、パレスチナ系アメリカ人指導者たちが、口をそろえて懸念している。
「厳しい状況を覚悟している。今回の紛争の激しさだけでなく、長く続くだろうという見通しがその理由だ」。米カルフォルニア州立大学の「憎悪・過激主義研究センター」を立ち上げた、ブライアン・レヴィン所長はこう話す。
爆破予告や刃物による事件
アメリカではいくつかの事件がすでに広く注目を集め、全国的な懸念を呼んでいる。
14日にはイリノイ州プレインフィールドで6歳のパレスチナ系アメリカ人の少年が刺殺され、母親は重傷を負った。親子の家主が、ハマスとイスラエルの現在の紛争を背景に、2人の信仰を理由として犯行に及んだとされている。
17日夜には、プレインフィールドから約50キロ近く離れただけの同州ロンバードで、男がイスラム教徒の男性2人を撃つと威圧したとされる。男は翌日に逮捕・訴追された。
ニューヨーク市警によると、同市内では地下鉄で男が女性の顔を殴った。女性がユダヤ系だというのが理由だという。ユタ州では、複数のユダヤ教集会が、脅迫されたと通報している。
ユタ州ソルトレークシティでラビ(ユダヤ教指導者)を務めるサム・スペクターさんは、10月8日に集会を司式していたが、開始から1時間で、爆破予告を理由に儀式を中断する羽目になった。
スペクター師によると脅迫は衝撃的なもので、「ユタにある全部のユダヤ人センターに爆弾を置いた。あと何時間かすれば爆発する。お前らは全員死ぬべきだ」という内容だったという。
集会には数十人が集まっていた。近くの部屋には子供が20人いた。全員が、建物から避難しなくてはならなかった。
スペクター師が現在の場所で信者の集会を開くようになってから、爆弾予告を受けるのは初めてではなかった。しかし、今月7日に戦争が始まって以来、かつてないほど多くのユダヤ憎悪のメッセージが送られてくるようになったという。
「ここアメリカで、ユダヤ人として、あるいはイスラム教徒として、ただ自分の暮らしを送ろうとしているだけの地元民に向かって、一方的に強い思いをぶつけてきて、お前のせいだと言いたい人たちがいる」のだと、スペクター師は言う。
「充実した日々を慎重に」
安全への懸念から、一部のアメリカ人は自分の日常の活動を制限するようになっている。
パレスチナ・アメリカ人組織ネットワークの全国代表を務めるモハマド・アブド・エルサラムさんは先週、テキサス州に住む男から脅迫された。すべてのパレスチナ人は「殺されるに値する」という内容だった。
アブド・エルサラムさんは、不特定多数が集まる公共の場所は避けるようになったし、家族にもそうするよう忠告したと話す。
「あまりにたくさんのことが一気に押し寄せてきて、対応しきれない。(ガザでの戦争を)どう受け止めたらいいのかわからないし、同時に、この国での自分の安全と、自分の同胞の安全を心配しなくてはならない」
スペクター師は自分のシナゴーグ(ユダヤ教集会所)の警備を最近になって強化したという。さらに今後数年間で50万ドル(約7500万円)近くをかけて、シナゴーグの安全対策を強化する計画もあるという。
北米ユダヤ人連盟のニヴ・エリスさんは、それでもアメリカ各地で多くのユダヤ教徒が、信仰集会に出席するのは安全なのか不安を感じていると話す。
「ユダヤ人として、充実した日々を慎重に送るようにというのが、今の私たちのアドバイスだ」と、エリスさんはBBCに話した。
前出のムサさんは、中東情勢の悪化から、パレスチナ人だけでなく、それ以外のムスリム(イスラム教徒)グループへの脅迫も相次いでいると話す。すべてのイスラム教徒は「一枚岩」だという誤った認識が、その原因だと。
ヒジャブなど信仰由来の衣服を身に着けている人は、特に攻撃されやすいと、ムサさんは言う。
「マイノリティー(少数者)に見られやすい人、あるいは移民だと思われやすい人が、ねらわれている。表を歩くのが怖いという人は、前より増えている」
長年の緊張関係
マイノリティーの集団として、アメリカではムスリムもユダヤ人も長年にわたり、差別や脅しに直面してきた。複数の専門家によると、中東情勢が悪化すると、憎悪犯罪が増える傾向があるという。
米ノースウェスタン大学のジェシカ・ワインガー教授(人類学、中東研究)によると、ガザでの今の戦争は特に危険だと指摘する。
「これほどの短期間でこれほどのレベルで大勢が殺されるのは、初めてのことだ。本当にかつてないほど、事態は緊迫している」
今のアメリカで政治的な分断が深まっているのも、火に油を注いだだけだと、複数の専門家は言う。
長い対立の歴史を持つ中東問題は複雑で、激しい議論が続いてきた。今のアメリカではそれが今回、左と右の対立軸を増やす結果となった。そして、極端な立場をとる人ほど、誰かを事実誤認から責め立て、激しい表現で攻撃しがちだ。
ワインガー教授は、政府関係者や各地のリーダーの責任が重大だと言う。政府や地域のトップは、憎悪行動を非難し、紛争のそれぞれの側にいる罪のない市民に共感と同情をあらわにしなくてはならないと。
ペンシルヴェニア州の議事堂前で集会を開いた前出のムサさんは、自分はまさにそうしたのだと話す。イスラエルの政策を批判するほかに。ただし、アメリカの主な政治関係者の大半はパレスチナの民間人の苦しみを無視しており、それもアメリカ国内に影響をもたらしていると考えている。
「そのせいでこの国では、我々を動物のように扱ってもいいのだと、勢いづく者たちがいる。我々を対等な人間として見なくてもいい、我々をアメリカ人として見なくてもいいのだと、いきりたつ者たちだ」と、ムサさんはBBCに話した。
ハマスによる攻撃を受けて、バイデン大統領はイスラエルに鉄壁の支援を約束した。イスラエルへの追加援助として約140億ドルを連邦議会に要求している。それと同時にバイデン氏は、国民への演説の中で、ガザで殺されたパレスチナ人への哀悼の意も示している。
「私たちは、失われたすべての罪なき命を悲しむ。平和に暮らしてチャンスを得たいと願っているだけの、罪なきパレスチナ人の人間性を、私たちは無視するなどできない」と、大統領は述べた。
そしてバイデン氏は、イスラエルとガザでの激しい怒りが、アメリカで憎悪犯罪に形を変えて、ユダヤ人とムスリムの両方に影響しかねないのだと、関連性を指摘した。
「傷つき苦しむすべての人に。皆さんのことが見えている。それを知っていてほしい。皆さんは、この国の一部だ。皆さんに申し上げたい。皆さん全員がアメリカなのだ」