【解説】 「北アイルランド議定書」とは? なお続くブレグジットの通商問題

イギリス政府は17日、欧州連合(EU)離脱協定で北アイルランドについて定めた「北アイルランド議定書」を覆す法律を導入する計画を発表した。

「北アイルランド議定書」は、2019年にイギリスとEUの間で交わされた。2021年初頭に発効して以来、緊張の種となっている。

「北アイルランド議定書」とは?

北アイルランドとアイルランドは、イギリスとEUが唯一、国境を接している地域だ。

ブレグジット(イギリスのEU離脱)以前はイギリスもアイルランドもEUの貿易ルールに従っていたため、国境を越えて物資を輸送するのは簡単だった。検査も書類作成も必要がなかった。

しかしブレグジット後には、新しいシステムが必要となった。EUには食品に関する厳しい規定があり、非加盟国から牛乳や卵が輸送されてきた場合には、国境での検査が必要になるためだ。

また、北アイルランドの政治的な問題を背景に、同地域とアイルランドの国境はデリケートな問題を抱えている。そのため、カメラや検問所の設置が地域の不安定化を招くとの懸念が出ていた。

イギリスとEUは、1998年に結ばれた和平合意「ベルファスト合意」を守ることが絶対的な優先事項であることで一致している。そのため、ブレグジット協定の一環として「北アイルランド議定書」に署名した。この議定書は現在、国際法の一部となっている。

議定書の内容は?

議定書では、アイルランド国境ではなく、北アイルランドとグレートブリテン島(イングランド、スコットランド、ウェールズ)の間で検査や書類チェックを行うことが規定された。こうした検査は、北アイルランドの港で行われる。

また、北アイルランドが引き続き、EUの製品規格に関するルールに従うことも明記された。

なぜ反対派がいるのか

北アイルランドのユニオニスト(親英派)政党は、この議定書に従えばアイルランド海に実質的な国境が生まれ、北アイルランドと残りのイギリスとの統一性がなくなると主張している。

特に、最大のユニオニスト政党である民主統一党(DUP)は、イギリス政府と共に議定書の変更を模索していた。

こうした中、北アイルランドでは5月初めの議会選挙で、第1党がDUPからナショナリスト(親アイルランド派)のシン・フェイン党に変わった。

北アイルランドでは、ユニオニスト政党とナショナリスト政党が連立で自治政府を運営する。しかしDUPは、北アイルランド議定書をめぐる合意が形成されるまでは、新政権には参加しないとしている。

一方のシン・フェイン党は、ユニオニストが「社会を身代金目的で拘束」できると思っていたと批判している。

イギリス政府の法案の内容

リズ・トラス外相は17日、政府が離脱協定に署名した際に予見していなかった問題を、北アイルランド議定書が引き起こしていると述べた。

また、議定書がベルファスト合意を損なっているほか、グレートブリテン島と北アイルランド間の物資の輸送で、不要な官僚主義の弊害を引き起こしていると指摘した。

イギリス政府が発表した法案は、以下の内容からなっている。

  • グレートブリテン島から北アイルランド運ばれる貨物について、国内向けで検査のみの「グリーン」と、EU向け検査の「レッド」の2つのレーンを用意する
  • イギリス国内のみを移動し、EUに出て行かない製品が「不要な官僚主義から解放」されるよう定める
  • イギリスの基準で製造され、北アイルランドで販売される製品について「規制障壁」を撤廃する
  • 新たな二重の規制体制を策定し、企業がイギリスとEUの基準、どちらかを選べるようにする
  • イギリス全土の増税・公的支出計画について、イギリス政府に決定権を与える。これは、北アイルランドでの付加価値税(VAT)の設定をめぐるもの
  • ガバナンスに関する問題を是正し、「北アイルランド議定書を国際慣習の枠内に収める」。特に、欧州司法裁判所(ECJ)の介入の排除を目指す

その上で外相は、事態の緊急性から政府はEUと合意することなく行動しなければならなかったが、交渉による解決を希望していることに変わりはないと述べた。

しかし、野党の議員からは政府が無責任な行動を取っているとの批判が出ている。

EU側の反応は?

トラス外相の声明に対してEUは、「あらゆる手段を講じて対応する必要がある」と述べた。

EUは以前から、北アイルランド議定書の再交渉は問題外であり、イギリスによる一方的な行動は悪影響を招くと警告してきた。

昨年10月には議定書の改定案を発表し、譲歩の道を模索した。その内容は以下の通り。

  • イギリスから北アイルランドに到着した食品の8割は、物理的な検査を必要としない
  • 北アイルランドの輸入業者に必要な事務手続きを削減する
  • 貿易業者の認可を拡大し、より多くの企業と製品を関税から除外する
  • 医薬品のアイルランド海をまたぐ移動に支障が出ないよう法律を改正する
  • 北アイルランドの政治家や企業団体といったステークホルダーとの協議体制を改善する

一方で、イギリスから北アイルランドに運ばれた製品がEUに輸送されない対策が必要だとしていた。

しかし、イギリスは先週、事態をさらに悪化させるとして、この改定案をはねつけた。

これからどうなる?

法案はイギリス議会で可決される必要があるため、一連の手続きには数カ月かかる可能性がある。

EUがどういった対応を取るかは明らかではないが、英・EU間の貿易戦争につながるとみる専門家もいる。

テリーザ・メイ前首相は、北アイルランド議定書を放棄すればイギリスの評判を損なうと警告した。

メイ氏は政府に対し、このような動きが「イギリスと、イギリスが署名した条約を順守する意志について、どんなメッセージを発するのか」考えるべきだと述べた。