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【解説】 ブレグジット後の通商交渉、EUは何を目指すのか
アダム・フレミング、ブリュッセル特派員
「An army marches on its stomach (軍隊は胃袋で行軍する=腹が減っては戦はできぬ)」ということわざがある。欧州連合(EU)の行軍は、プレゼンテーションのスライドで始まった。
1月31日のブレグジット(イギリスのEU離脱)を前に、EUは14日、ブレグジット後に始まる将来の関係性をめぐる交渉について27加盟国の外交官を招いたセミナーを開始。使用されたプレゼンテーションがインターネットで公開された。
専門用語が飛び交う一方、深刻なクリップアート不足がみられるこのスライドで、EUは今後の交渉にまつわるいくつかの重要な要素を明らかにしている。
鍵となる「政治宣言」とは?
ブレグジット協定に、「政治宣言」が付与されていたことを覚えているだろうか。
イギリスとEUは、離脱条件を定めた離脱協定のほかに、26ページにわたる政治宣言で、将来の関係についての枠組みで合意している。
政治宣言に法的拘束力はないため、離脱協定よりも重要でない書類、あるいは離脱条件を受け入れやすくする甘味料のようなものだと受け取られている。
しかし今回、EUはプレゼンテーションで政治宣言を非常に長く引用し、まるで法のように扱っている。EU側がこの宣言を重要視していることは明らかだ。
EU高官は、イギリス側が政治宣言に含まれている約束に緩い態度を見せるのではないかと警戒している。
一方で、加盟国の意見を一致させるにも、政治宣言は便利なツールだ。
自由貿易協定(FTA)はどうなる?
外交官向けのセミナーのひとつは、イギリスとEUの新たな関係の核となるFTAについて割かれている。
プレゼンテーションには、離脱すれば加盟している時より状況が悪くなる、人の自由な行き来を認めなければ単一市場へのアクセスは認められない、などなど、EUのいつものキャッチフレーズが飛び交っている。
こうした文言はテリーザ・メイ前首相の時代、EUがイギリス側の要求には一切応えないという表れだと考えられていた。
しかし、ゆるやかな経済的関係にも寛容で、対EU貿易では多少の摩擦も構わないというボリス・ジョンソン政権下では、少し違うように感じられる。
それでもEUは、イギリスには何を得られて何を得られないのか、思い出させる必要があると考えている。
プレゼンテーションの金融サービスについての項には、「交渉の対象ではない」とはっきり書かれていた。
なぜなら、イギリスとEUはブレグジットを新たな規制を作り出すより、既存の規制方法を監視する従来のやり方を選ぶとみられるからだ。
競争の場には審判ではなくLPFを
もうひとつ略語に慣れてほしい。LPF、つまり「対等な競争環境(Level Playing Field)」だ。
これは、イギリスとの経済競争を制御するための一連の施策を指す。
EUは、新たなFTAの恩恵を得るイギリス企業によって利益を損なわれるリスクを引き下げるためにLPFが必要だとしている。
EUは、租税や労働関係、環境政策、企業への政府補助金といった分野をLPFの対象にしたい考えだ。
LPFでは主に、現在共有されている水準から基準を下げないことを約束する。これは「非退行条項(non-regression clause)」とも呼ばれる。
しかしEUは今回のプレゼンテーションで、「非低減(non-lowering)」という新たなコンセプトを打ち出した。
一見すると非退行と同じに見えるが、これはどちらかが基準を引き上げた場合、それを再び引き下げることを認めない可能性があるということだ。つまり、単に現在の水準を維持する以上のことを求めている。
EUはさらに、環境政策と政府補助金について、EU側が基準を改善するたびにイギリスにそれに同調するよう求めている。
外交官向けのプレゼンテーションでは、非低減について「改善し続ける意志」だと説明しているが、交渉用語では「動的アライメント」と呼ばれる。
イギリス政府に向けた、EUからの巨大な「してはいけない」サインであり、議論を呼ぶことは想像にかたくない。
共同委員会の設置
EUの交渉担当者は、一連の交渉は全て管理されるべきだとして、「包括的なガバナンス(統治)の枠組み」を非常に重要視している。これには、両者の閣僚や官僚による共同委員会が含まれる。
EUのスライドでは最も大きな課題のひとつとして、通商協定の交渉以降に決められたEU法や政策をどのようにイギリスとの関係に適用していくかを挙げている。
ほかにも、イギリスとEUのどちらかが、当初の方針から乖離(かいり)し始めた場合にどうするかを決めなくてはならない。
さらにEUは、イギリスが到底受け入れられないと思うようなことをした場合に、早急に報復するための施策を考えておく必要がある。
これは、EUがスウェーデンと行った交渉での合意内容の中核と同じだ(ただし、まだ承認されていない)。イギリスとの交渉でも、こうしたことが肝になってくるだろう。
魚のことを忘れずに
そして最後に、EUがイギリスの漁業水域で魚を獲り、イギリスがEU市場で魚を売る際に、お互いがどのようなアクセス権を得るのか――という問題が最大の火薬庫になっていることを忘れてはいけない。
EUのスライドでは、通商協定は漁業協定にかかっていると書かれている。この2つがどのように関連するのか、交渉プロセスを指すのか最終的な合意内容を指すのかは不明だ。
EU側は「社会経済的な」要因、つまり漁業に対する現実の影響を鑑みるとしている。
水域をめぐる協議が純粋に技術と環境に特化したものになると思っていたなら、これは驚くに値するだろう。この方針は、欧州にとってこの領域が非常に重要なことを表している。
プレゼンテーションでは他にも、「相対的安定性」というキーワードが用いられた。これは、向こう数十年という長期間でどれくらいの漁獲量を認めるかという大きな枠組みを決める符号だ。
つまり、イギリスとEUが毎年行う漁業交渉では、あまり多くのことが決まらないかもしれないということだ。
今後も数多くのプレゼンテーションが行われ、交渉に向けた詳細も明らかになるだろう。退屈かもしれないが、今日のスライドショーが明日の大きなニュースになるのだ。