身元偽り国際刑事裁判所のインターンになろうと……ロシアのスパイ特定=オランダ当局
ゴードン・コレラ安全保障担当編集委員、BBCニュース

画像提供, Reuters
オランダの情報機関・総合情報保安局(AIVD)は16日、国際刑事裁判所(ICC)に潜入しようとしていたロシアのスパイを特定したと発表した。
AIVDによると、この人物は「ヴィクトル・ミュラー・フェレイラ」という名のブラジル人を名乗っていた。ICCでインターンとして働くため今年4月、オランダに入国しようとしたところを阻止され、ブラジルへ強制送還された。本名はセルゲイ・ウラディミロヴィッチ・チェルカソフで、ロシア軍参謀本部情報総局(GRU)のスパイだという。
チェルカソフ氏はハーグにあるICCでのインターンシップに応募する前、数年間をかけて偽のアイデンティティーを作り上げていたとされる。
AIVDは、もしチェルカソフ氏がインターンとしてICCで実際に働き始めていたら、具体的な被害が出ていただろうと述べた。
「この情報職員の脅威は、非常に高いものになり得ると考えられる」と、AIVDは述べている。
「ヴィクトル・ミュラー・フェレイラ」を知る人にとって、彼は国際問題に興味のあるブラジル人だった。しかしAIVDによると、チェルカソフ氏は実際には、「非合法」と呼ばれる職種のスパイだという。
ロシアの情報機関では、外交官として諜報活動を行う「合法」スパイと、「非合法」のスパイを区別している。多くの国のスパイが一般人になりすまして活動しているが、ロシアでは長年、国籍を全く変えて身元を隠す非合法のスパイ活動を得意としてきた。こうしたスパイはアメリカ人やイギリス人、カナダ人、あるいは「フェレイラ」氏の場合はブラジル人に成りすまし、ロシア人のままでは疑われて活動しづらい組織に入り込んでいるという。
偽の家族の物語
AIVDは今回、チェルカソフ氏が2010年頃に書いたとされる文書を公開。偽のアイデンティティーの内容を覚えるための書類だと思われる。
文書は「私の名前はヴィクトル・ミュラー・フェレイラだ」という一文から始まっている。
こうした文書の発見からは、チェルカソフ氏のずさんさが見て取れる。文書には、4ページにわたって偽の家族の物語が記されている。
別の部分には、「父親はとてもフレンドリーな人物だが、驚いたことに、私は母親や叔母の死、そして自分が人生で味わった困難や屈辱を全て、父親のせいにしていることに気が付いた」と書かれていた。
さらに、父親の葬儀のためにアイルランドに行ったことなどにも触れている。
「非合法」スパイが訓練を受け、偽のアイデンティティーを確立するには5~10年の歳月がかかるとみられている。そのため西側諸国は、こうしたスパイの数は少なく、GRUにも30人以下しかいないだろうとみている。
「ICCの日々の業務環境に触れる」インターンシップ
ロシアの情報機関は以前からICCを標的にしており、「フェレイラ氏」は昨年末からインターンになるための活動を開始していたとされる。
ロシアのウクライナ侵攻が始まって以来、ICCの重要性は増している。3月初めにはICCのカリム・カーン主任検察官が、ロシアがウクライナ侵攻で戦争犯罪を犯した疑いについて、捜査を開始したと発表した。
ICCは無給のインターン200人を募集しており、「ICCの日々の業務環境に触れ、現役専門家の監督のもとで知識と経験を実践する」機会を提供すると説明していた。
この立場を獲得すれば、フェレイラ氏は業務内容に触れる貴重な機会を得ることになっただろう。
AIVDは声明で、「もしこのスパイがICCで働くことに成功していたなら、情報を集め、情報源を探し(あるいは採用し)、ICCのデジタルシステムにアクセスできるよう手配できたはずだ」と指摘した。
「そうなれば、GRUが求めている情報の入手に、大きく貢献することができたはずだ。また、ICCの刑事手続きに影響を与えることができたかもしれない」
正体を厳重に隠しているスパイにとって、インターンへの応募はリスクを伴う。しかしモスクワの上司は、その危険を冒すだけの価値があると考えたに違いない。「非合法」スパイを見つけるのは非常に難しい。チェルカソフ氏の正体に気づいたのはICCではないとみられている。オランダ当局は、同氏をどうやって特定したか明らかにしていない。
ソーシャルメディアへの投稿
BBCが確認したフェレイラ氏のものとみられるソーシャルメディアのアカウントには、多くの友人の名前が連なっていた。中には、フェレイラ氏が通っていた米ジョンズ・ホプキンス大学とアイルランドのトリニティー・カレッジの学生も数多く含まれていた。こうした友人らは現在、米投資ゴールドマン・サックスから米ワシントンのシンクタンクや連邦規制当局まで、さまざまな場所で働いている。誰も、フェレイラ氏がロシアのスパイだとは知らなかったはずだ。
フェレイラ氏の受講クラスを受け持っていたというある講師はBBCの取材に対し、同氏には「どこのものか分からないアクセントがあったが、ロシア語ではなかった」と話した。「フェレイラ」氏は2020年9月の時点でICCに申請していたと思われるが、新型コロナウイルスの影響で遅れた可能性もあるという。
フェレイラ氏はあるとき、「ブラジルはICCでは代表者が少ないので、チャンスかもしれない!」と言っていたという。
フェレイラ氏のSNSアカウントのプロフィール欄には、同氏が2018年8月にワシントンに移住したと書かれている。また記録では、2020年にジョンズ・ホプキンス大学を卒業している。同氏はSNSに、ロシアに軽く批判的な内容を含め、様々な意見を投稿していた。これも、自分の偽装工作の一環だったと解釈することもできる。
ある時には、GRUがオンラインで使うアイデンティティーを発見したという調査グループ「べリングキャット」の報告書まで、SNSに投稿している。現在、自身がGRUのスパイだとされている人物としては、かなり珍しい動きだ。
だが身元の偽装が露見した今、チェルカソフ氏の潜入スパイとしての未来はこれでおしまいになるはずだ。









