You’re viewing a text-only version of this website that uses less data. View the main version of the website including all images and videos.
ロシア、タリバン下のアフガン新時代に備える 欧米の混乱をよそに
ペートル・コスロフ、アナ・リンダ、BBCロシア語(モスクワ)
欧米の各国政府がアフガニスタンの首都カブールから、自国民や同僚のアフガニスタン人を急ぎ退避させようと必死になっていたこの1週間、ロシアは武装勢力タリバンの復権に動揺しているようには見えない、数少ない国のひとつだった。
ロシアの外交官たちは、首都を掌握した新顔たちを「普通の連中」と呼び、首都の治安は前より良くなったと主張した。ウラジーミル・プーチン大統領は20日、タリバンによるアフガニスタン奪還という現実に、自分たちは対応していかなくてはならないと述べた。
大惨事だったと多くのロシア人が今なお記憶する、ソ連によるアフガニスタン侵攻(1979年-1989年)の時の態度とは大違いだ。当時のソ連はカブールに成立した共産主義政権を後押しし、これに対抗するイスラム教武装勢力を制圧するためアフガニスタンに侵攻した。
タリバンに温和な態度
欧米の複数の国が在カブールの大使館を閉鎖したが、ロシアは大使館業務は継続するとして、新しい国の支配者たちに温かい言葉をかけた。ドミトリー・ジルノフ大使は、首都陥落から48時間以内にタリバンの代表と会談し、タリバンによる報復や暴力行為があったという証拠は目にしていないと発言した。
ロシアのワシリー・ネベンジャ国連大使は、法と秩序が国内各地に戻り、「長年続いた流血を終わらせる」、国民的な和解の明るい未来について語った。
プーチン大統領のアフガニスタン特使、ザミール・カブロフ氏は、すでに出国したアシュラフ・ガニ大統領の「傀儡(かいらい)政権」よりもタリバンの方が交渉しやすいとさえ発言している。
ロシア政府はガニ大統領をろくに取り合おうとしなかった。ロシア外交官たちはガニ氏が出国時に車4台と巨額の現金を積んだヘリコプターで逃亡したと批判した。ガニ氏は、現金を持ち出していないと否定している。
関係改善の経緯
ロシアは特に大急ぎで、タリバンをアフガニスタンの新しい支配者として承認しようとしているわけではない。それでも、タリバンに対する物言いは明らかに軟化している。国営タス通信は今週、タリバンを「テロリスト」と呼ぶのをやめて、「過激派」という説明に変えた。
ロシア政府はかなり前から、タリバンとの接触ルートを構築していた。ロシアは2003年以来、タリバンを指定テロリスト・非合法組織の一覧に加えていたものの、タリバンの代表団は2018年からこちら、モスクワを訪れてはロシア政府代表と協議を重ねていた。
欧米が後押ししていたアフガニスタン政府は、ロシアの大統領特使が公然とタリバンを支持していると批判。モスクワで3年続く協議から、正統なアフガニスタン政府の代表を排除していると、反発していた。
ロシアのカブロフ特使はそれを否定し、アフガニスタン政府は恩知らずだと反論した。しかし、特使は2015年の時点ですでに、過激派勢力「イスラム国(IS)」のイスラム聖戦主義者との戦いにおいては、ロシアの利益はタリバンと一致するとも述べていた。
アメリカ政府も、特使のこの発言に留意した。さらに2017年8月になると、当時のレックス・ティラーソン米国務長官は、ロシアがタリバンに武器を供与していると批判。これについてロシア政府は、「途方に暮れる」批判だとして受け合わず、ロシア外務省は「証拠を示すようアメリカの同僚たちに伝えたが、何も出てこなかった」と表明。
「我々はタリバンに何の支援も提供していない」と、ロシア外務省は当時述べていた。
今年2月になると、カブロフ特使はタリバンをたたえ、アフガニスタン政府を怒らせた。特使は、2020年2月にドナルド・トランプ米政権(当時)とタリバン代表が米軍撤収をめぐり交わしたドーハ合意について、タリバンは自分たちが合意した義務を「寸分たがわず」履行しているのに対して、カブールの政府がそれを妨害していると発言したのだった。
地域の安全保障に注目
タリバンと接近はしているものの、ロシア政府は今のところ、現実的な対応を維持している。情勢の変化を注視しつつ、タリバンをまだテロ組織リストから外すには至っていない。プーチン大統領は、秩序回復の約束をタリバンが履行することを期待すると発言している。
「近隣諸国にテロリストがあふれ出るのを許さないことが肝心だ」と、プーチン氏は述べた。
地域の安定と、自らがアフガニスタンで経験したつらい歴史が、ロシアの対タリバン政策を形作る主な要素となっている。中央アジアの同盟諸国のために国境の安全を確保したいと共に、テロ活動の麻薬取引の拡散を阻止したいのだ。
2001年9月11日の攻撃を受けたアメリカがタリバンを標的にして、中央アジアの旧ソ連圏諸国に基地を設置した際、ロシアはその動きを当初は歓迎した。しかし、両国の関係は間もなく悪化した。
今月初めにはロシアはウズベキスタン、タジキスタンの両国と共に合同軍事演習を行った。中央アジア諸国を安心させることが目的だった。この地域には、ロシアと軍事同盟関係にある国々もある。
ロシアは7月にはタリバンから、アフガニスタンで勢力を拡大しても周辺の同盟国を脅かしはしないし、ISとは戦い続けると、確証を取り付けている。
苦い戦争の記憶
ロシアは、自らアフガニスタンに派兵するつもりはないと強調するし、その理由も想像に難くない。ソ連のアフガニスタン侵攻は多くの犠牲を伴う、そして無意味な(と大勢が言うだろう)戦争だった。
ソ連に友好的な政権を後押しするための1979年の侵攻は、実に9年間も続き、ソ連兵1万5000人の命を奪った。
ソ連は国際社会からつまはじきにされ、多くの国が1980年のモスクワ五輪をボイコットした。ただでさえ崩れつつあったソ連経済にとって、とてつもない負担となった。
ソ連はバブラク・カルマル率いる政府を擁立した。これに対してアメリカ、パキスタン、中国、イラン、サウジアラビアは、ソ連とソ連が支えるアフガニスタン軍と戦い、ムジャヒディーン(イスラム戦闘員)に軍資金と武器を提供した。
ソ連軍側で死亡した多くは、徴兵された10代の若者だった。ソヴィエト政府がいかに自国民を大切にしないか、アフガニスタン侵攻は結果的にまざまざと国民に見せつけた。国の支配層に対する国民の幻滅を引き起こしたという意味でアフガニスタン侵攻は、部分的にせよ、ソ連崩壊の加速につながったと広く受け止められている。
アフガニスタン紛争は1989年2月、ソ連の不名誉な撤退によって、ついに終結した。
未来への懸念
タリバンによる電光石火の全土掌握に、ロシアは備えていたかのような印象を与えているかもしれないが、ロシア政府もご多分に漏れず意表を突かれたのだと見る専門家もいる。
「ロシア政府に戦略があるとは言えない」。ロシア現代アフガニスタン研究所のアンドレイ・セレンコ氏は、政府の対応は場当たり的なものだと言う。「地域の構造を再編するには、時機を逸したかと、ロシア政府は懸念している」。
モスクワでは、タリバン支配の影響を懸念する人も多い。
シンクタンク「ロシア国際問題評議会」のアンドレイ・コルトゥノフ会長は、タリバンはアフガニスタン全土をなかなか統治しきれず、特に北部では苦労するだろうと見ている。そしてそれは、ロシアや近隣諸国の脅威となりかねないと。
「もしかして、アルカイダかあるいはイスラム国のセル(細胞、小集団)がアフガニスタンを拠点に、中央アジアで行動を起こすかもしれない」と、コルトゥノフ氏は言う。
会長はさらに、アフガニスタン経済の急激な悪化が、さらに地域の不安定化要因となり得ると懸念している。