96歳のナチス元秘書、ドイツで公判前に逃亡 別の街で逮捕

第2次世界大戦時にナチス・ドイツの強制収容所で秘書をしていた被告が9月30日、ドイツで公判前に逃亡を図ったものの、数時間後に逮捕された。

イルムガルド・フルヒナー被告(96)はこの日、1万1000人の殺害に共謀した罪に問われた裁判で、北部イツェホーの裁判所に出廷することになっていた。

しかし姿を現さなかったため、判事は逮捕状を発行。被告はイツェホーの南に位置するクイックボルンの介護施設から逃亡していたが、さらに南方のハンブルクの街中で警察に取り押さえられた。

被告は、午前6時から7時20分の間に介護施設を出発し、地下鉄駅へと向かったとみられる。裁判所のフレデリケ・ミルホーファー報道官は、被告が「タクシーを利用した」と話した。

「法の統治と生存者に対する侮蔑」

フルヒナー被告は現在、公判開始に向けて仮勾留の措置を受けている。公判は10月19日に延期された。

96歳という高齢から、裁判は1日に2時間以内になる予定。また、医師が仮勾留を続けるべきかを判断するという。

ミルホーファー報道官はさらに、イツェホーの裁判所はメディア陣を収容しきれないため、裁判は同市の流通会社のホールを借りて行われることになると発表した。

一方、強制収容所の生存者や犠牲者遺族は、フルヒナー被告が逃亡できる状態にあったことを非難している。

国際アウシュヴィッツ委員会は声明で、「法の統治と生存者に対する大変な侮蔑だ」と述べた。

フルヒナー被告は、ナチス占領下のポーランドのシュトゥットホーフ強制収容所で秘書として働いていた。ポール=ウェルナー・ホップ司令官のタイピストとして、当時ダンツィヒとして知られていたグダンスクの街で勤務していた。

1945年までの2年にわたり、この強制収容所で行われていたことの詳細を知っていたとされる。

1945年に行われたホップ司令官の裁判で、フルヒナー被告は同司令官の口述をタイピングしていた様子を証言。一方、ナチスがシュトゥットホーフで行っていた殺人については知らなかったと主張した。

残酷な措置で知られていた同収容所には10万人が収容されており、うち6万5000人が亡くなったとみられている。

ガス室での殺人のほか、銃殺や薬物注射での殺人、餓死などもあった。終戦間近には、同収容所からの「死の行進」でさらに多くの人が亡くなった。

犠牲者にはユダヤ教徒だけでなく、ユダヤ教徒ではないポーランド人や、ソヴィエト連邦の兵士も含まれていた。

最後のナチス裁判のひとつ

ナチスの生き残りが少なくなる中、フルヒナー被告のケースは最後のナチス裁判のひとつになると考えられている。

またこれまで、ナチスの下で働いていた民間人の裁判は前例がないという。収容所での勤務当時、フルヒナー被告は未成年だったため、公判は家庭裁判所で行われる。

今年3月には、シュトゥットホーフで警備員をしていた別の被告が、裁判に適さない健康状態だと宣言された。

昨年には同じく収容所の警備員をしていたブルーノ・デイ受刑者が、5000人以上の収容者の殺人への共謀罪で有罪となった。デイ受刑者は執行猶予付きの実刑判決を受けている。