BBC夕方のニュースの「顔」アラガイア氏、67歳で死去 数々の紛争地を取材

動画説明, BBC夕方のニュースの「顔」アラガイア氏、67歳で死去 数々の紛争地を取材

BBCのアフリカ特派員や「夜の6時のニュース」のメイン司会を長年務め、30年以上にわたりBBCニュースを伝え続けたジョージ・アラガイア氏が24日、大腸がんのため死去した。67歳だった。

代理人は、「家族や大切な人たちに囲まれて、安らかに息を引き取った」と明らかにした。

BBCのティム・デイヴィー会長は、「素晴らしいジャーナリストというだけでなく、視聴者は彼がいかに優しく、共感力が豊かな優れた人間か感じ取ることができた。誰からも愛されていたし、彼がいなくなって、皆とんでもなく寂しくなる」と悼んだ。

BBCのジョン・シンプソン国際情勢編集長は、「彼ほど穏やかで優しく、洞察力に優れて勇敢な友人かつ同僚は、そうは見つけられるものではない」と振り返った。

BBC以外でも、英スカイニュースのマーク・オースティン記者は「本当に悲しい」とコメント。「良い人間で、外報記者としてはライバルだったが、何よりも大事な友人だった。優れたジャーナリズムとは他人に共感することだとするなら、ジョージ・アラガイアにはその能力がふんだんにあった」とたたえた。

LBCニュースのサンギタ・ミスカ記者は、アラガイア記者がインド系やパキスタン系など、イギリスの南アジア系記者に与えた影響を振り返った。

「子供のころ、BBCのジョージ・アラガイアがテレビに出ていると、父親が『ジョージが出てるぞ』と叫ぶので、みんなしてテレビの前に急いだ。アジア系イギリス人のジャーナリストは一世代まるごと、彼の影響を受けている。イギリス中で同じ光景が繰り返された。みんなして言いたい。ジョージ、ありがとう。安らかに」

アラガイア記者は1990年代初めのソマリアで続いた飢餓と戦争を伝え、複数の賞を受賞。1994年にはイラク北部で当時のサダム・フセイン大統領が進めていたクルド人虐殺を報道し、高く評価された。

同年にはブルンジの内戦報道で国際人権団体アムネスティ・インターナショナルの賞を受けた。同年にルワンダで起きた集団虐殺をBBC記者として最初に伝えたのも、アラガイア記者だった。

人種差別を経験

ジョージ・マックスウェル・アラガイア氏はスリランカ・コロンボで生まれ、幼いころに家族とガーナへ移住した。

水道・灌漑(かんがい)施設を専門とする技師の父親は、民族対立で世情不安なスリランカを離れ、ガーナで経済的安定を得た。子供たちにはイギリスで教育を受けさせることにしたため、11歳のジョージは英南部ポーツマスの寄宿学校セントジョンズ・コレッジに入った。

学校でただ1人の有色人種だったアラガイア氏は、同級生にからかわれるなどの人種差別を経験した。本来は「ウラーヒヤ」と発音する名字Alagiah を、その通りに呼んでもらうよう周囲に求めるのはあきらめた。

「当時は、『変な名前』ですみませんとこちらが恐縮するような、そういう時代だった」と、かつてアラガイア氏は振り返った。

しかし寄宿学校という閉ざされた環境で10代を過ごしたことで、イギリス社会全般で起きていたさまざまな変化や、国内各地で横行する移民忌避の感情とは無縁で過ごすことができた。

大きくなるにつれて、「どんな時でも人種よりは階級の方が強い」イギリスという国において、自分は「大丈夫な方の外国人」になったと、アラガイア氏は考えていたという。

後にイングランド北部のダラム大学へ進学し、妻となるフランシス・ロバサン氏と出会った。夫妻には息子が2人いる。

特派員から司会者に

卒業後は雑誌の編集者を経て、1989年に外報記者としてBBCに入社。やがて、幼少期を過ごしたアフリカを担当する特派員になった。

そこでアラガイア記者は、リベリアの子供兵やウガンダの集団強姦被害者を取材。あらゆるところで飢餓と病気と暴力を目にした。

1999年には「民族浄化」紛争が繰り広げられた旧ユーゴスラビアのコソヴォから、現場の様子を国際社会に最初に伝えた1人となった。

そのほか、インドの臓器売買やブラジルのストリート・チルドレン、アフガニスタンの内戦やエチオピアの人権侵害などについて、次々と伝えた。

南アフリカのネルソン・マンデラ大統領やデズモンド・ツツ大主教、国連のコフィ・アナン事務総長やジンバブエのロバート・ムガベ大統領などをインタビューした(肩書はいずれも当時)。

ニュース番組のアンカーとしては、さまざまな時間帯の番組を担当したのち、2003年から午後6時のニュースのメイン司会の1人になった。

2008年には報道への貢献が認められ、大英帝国(OBE)が授けられた。

2014年に最初のがんが見つかると、手術や治療を繰り返した。

2015年に番組アンカーとして復帰した際には、闘病経験を通じて「より豊かな人間になれた」とした上で、報道局で働き続けるのは「元気とやる気を維持するために本当に大切」なことだと話していた。

2021年秋には、治療のためにテレビ出演からいったん退くと発表。2022年1月には、いずれ「最後にはがんにやられる」のだろうが、それでも自分は「とても幸運」だと思うと話した。

「いますべてがおしまいになったとしても、これまでの旅路を振り返れば(中略)人生が失敗だったとは思わない」と、アラガイア氏は話していた。

Presentational grey line

大腸がんの症状

  • 排便習慣の変化(便秘、下痢)、便が細くなる(狭小化)、残便感
  • 痔(じ)などがなくても続く血便
  • 腹痛、食事ととると必ず感じる膨満感、その影響で食べる量が減ることによる体重減――など

こうした複数の症状が重なり、4週間以上続く場合、英国民健康サービス(NHS)や日本の国立がん研究センターは、医療機関の受診を勧めている。