マダガスカル大統領、「安全な場所」に潜伏と発表 クーデター未遂があったと

ナターシャ・ブーティ記者、サミー・アワミ記者(BBCアフリカ)

アフリカの島国マダガスカルのアンドリー・ラジョエリナ大統領は13日、命を狙われた後に「安全な場所」に身を寄せていると述べた。マダガスカルでは、ラジョエリナ大統領の退陣を求め、若者を中心とした全国的な抗議活動が2週間にわたって続いていた。

フェイスブックでのライブ配信の中でラジョエリナ氏は、「軍関係者と政治家の一団が私を暗殺しようと計画した」と話した。

ラジョエリナ氏は自分の所在を明かしていない。しかし発表に先立ち、フランス軍機で国外に逃れたとの未確認情報が報じられている。

これに先立ちラジョエリナ氏は、「Gen Z Mada(マダガスカルのZ世代の意味)」と呼ばれる若者世代の抗議をなだめようと、内閣を総辞職させるなどの譲歩策もとったものの、効果はなかった。

ラジョエリナ氏は8日以降、公の場に姿を見せていない。先週末には大統領府が、権力を奪おうとする動きが進行中だと発表していた。

13日には混乱の中で、国民向けの演説が何度も延期され、兵士らが国営テレビ本部を掌握をすると脅した。

最終的に、フェイスブックでの放送中にラジョエリナ氏は、「9月25日以降、私の殺害未遂やクーデター未遂があった。軍関係者と政治家の一団が、私を暗殺しようと計画した」と述べた。

「私は命を守るため、安全な場所を見つけざるを得なかった」

「諸問題を解決する唯一の方法は、国内で有効な憲法を尊重することだ」と、ラジョエリナ氏は呼びかけた。

週末には、2009年にラジョエリナ氏の大統領就任を支援したマダガスカル軍の精鋭部隊「CAPSAT」が、全軍の指揮権を掌握したと宣言。ラジョエリナ氏の権威を揺るがす動きを見せた。一部の将校は、首都アンタナナリボの街頭で抗議者に加わった。

13日に軍司令官らによる会合が開かれた後、CAPSATによって新しく陸軍参謀総長に任命されたデモステネ・ピクラス将軍は、治安部隊が協力してマダガスカルの秩序維持に努めていると国民に保証した。

大統領府の声明によると、13日夜にはピクラス将軍が国営テレビ本部におもむき、危機の解決にあたっていたという。

マダガスカル最大野党「TIM」の幹部は匿名を条件にBBCの取材に応じ、今のマダガスカルは事実上、この軍部隊が取り仕切っているのだと話した。

TIMはまた、ラジョエリナ氏に対して「職務放棄」を理由に弾劾(だんがい)手続きを開始する意向を示している。

フランスのエマニュエル・マクロン大統領は13日、ラジョエリナ氏がフランス軍機で避難したかとの質問に答えなかった。ただし、マダガスカルで「憲法秩序」が維持されなければならないと述べた。

マクロン大統領はエジプトで記者団に対し、「若者が声を上げ、政治的意識を持ち、より良い生活を望んでいる。それは非常に良いことだ」と述べた。

「ただし、それが軍の派閥や外国の干渉によって乗っ取られないように、私たちは注意しなくてはならない」ともマクロン氏は話した。

アフリカ連合(AU)安全保障理事会の議長も同様の懸念を示し、「憲法に反する政権交代」を断固として拒否すると述べた。

ラジョエリナ氏の側近数人は近隣のモーリシャスに逃れており、その中にはクリスチャン・ンツァイ前首相などが含まれている。

マダガスカルは、豊富な天然資源を持ちながら、世界で最も貧しい国のひとつ。世界銀行によると、同国では人口の約75%が貧困ライン以下で生活している。国際通貨基金(IMF)のデータでは、電力を利用できる人は全体の3割強にとどまっている。

若者による抗議活動は、度重なる水道と電力の供給停止への怒りから始まった。その後、失業率の高さ、汚職、生活費の高騰など、ラジョエリナ政権への広範な不満を反映する形で拡大した。

国連によると、抗議活動の初期段階で少なくとも22人が死亡し、100人以上が負傷したとされているが、政府はこの数字を否定している。

目撃者によると、治安部隊は抗議者に対して実弾を発砲したという。また、新生児が催涙ガスにさらされたことで煙を吸い込み、死亡した事例も報告されている。

ラジョエリナ氏とは

マダガスカルは1960年の独立以来、複数の蜂起に揺れてきた。2009年には大規模な抗議活動によって当時のマーク・ラヴァルマナナ大統領が辞任に追い込まれ、ラジョエリナ氏が政権に就いた。

当時わずか34歳だったラジョエリナ氏は、アフリカで最も若い指導者となり、4年間政権を担った。その後、2018年の選挙で再び権力の座に戻った。

ラジョエリナ氏は裕福な家庭に生まれ、政治の世界に入る前は起業家兼DJとして名を馳せた。ラジオ局や広告会社を設立するなどの活動を行っていた。

しかし、童顔に端正なスーツ姿の魅力がすぐに色あせた一方、縁故主義や体制に組み込まれた根深い汚職の疑惑は払拭できなかった。